甘かった僕と、甘い君












 部活も引退して、長い夏を迎えた。
 夏を制する者は受験も制す、とは言ったもんだけど、現在勉強に集中出来ない理由が。

 「38.2か・・・」

 これは偏差値ではない。俺の体温だ。こんな偏差値を夏とは言えとってたら死ぬ気で勉強するさ。
 体はグラグラするし、頭は痛いし、これは完全に夏風邪だ。
 最悪。シュタインの散歩も行かなきゃいけないのに。体動かす気にもなれない。変だな。勉強よりも好きなはずなんだけどな。

 「だるい・・・」

 せめてシュタインの散歩だけは、と思うけど、どうにも体が思うように動いてくれない。
 仕方がないので、ベッドに転がっている自分の体を伸ばし、携帯を掴む。あいつも受験生だけど、シュタインの散歩ぐらいなら行ってくれるはずだ。
 メールを打ち、鍵を開けようと思い、起き上がろうとするが、その気力も起きない。あ、鍵、開けっ放しだったかも。かなり無用心だ。
 しばらくするとインターホンが鳴る。入ってと言ってはみたものの、喉が渇いて声が思うように出ない。
 何回か鳴るとドアがそーっと開く音がする。人が入る気配と、少しだけ大きく聞こえる蝉の声。ただでさえ体も熱いというのに、蝉の声を聞くと一層熱くなる。冷房は効いてるはずなのに。

 「・・・雅紀君?」

 ヒトミの声がしたので、そっと目を開く。一番落ち着く声で、一番俺の心を乱す声。今は少しだけほっとした。

 「どうしたの?きつそう・・・」
 「だるい・・・熱があるみたいでさ・・・俺の代わりにシュタインの散歩・・・行って・・・」
 「それは構わないけど・・・熱があるの?何か作ってこようか?薬買ってきた方がいい?」
 「そんなことしなくていいから・・・シュタインの散歩だけで・・・」

 こいつも勉強があるだろうし、俺の部屋にいると知ったら、ここの管理人がうるさそうだ。今はあまり騒がれたくないし、退ける気力もない。
 そんなことを考えながら、俺は殆ど意識を失うように眠りについた。

















 何か美味しい匂いがする。落ち着くようないい匂い。
 目を開けるとそこにはシュタインがいて、少し起き上がって時計を見ると、既に夜になっていた。
 耳をすますと、あまり使うことのない台所から鼻歌が聞こえてきた。
 ああ、あいつがいるんだな。すぐに分かる。声で分かる。あいつの声なら、例えどんなに大きな音の中でもきっと探し出せると思う。それだけあいつのことを想っている自信はある。
 なんとか起き上がってはみたが、まだ頭がくらくらする。熱は少しは下がっただろうか。あまり変わっていないだろうか。そんなことを考えながら、ぼんやりとしているとヒトミがやってきた。

 「雅紀君、大丈夫?」

 分からないと答えると、ヒトミが俺の額に手を伸ばした。水仕事をしていたのだろうか。冷たくて、気持ちいい手。

 「まだ少し熱があるみたいだね。お粥作ったんだけど、食べられる?」

 そう聞かれて、初めて自分が腹を空かせていることに気付いた。

 「食べる・・・」
 「じゃあ、持ってくるね」

 パタパタと台所に行き、用意をしているのは音が教えてくれる。ここには俺とシュタインとヒトミしかいない。シュタインは俺の様子が分かっているのか、いつもより少し大人しい。だから一層、あいつが動いている音が聞こえるのだ。

 「お待たせ。ちょっと待ってね」

 そう言うと、あいつは自分の息で粥を冷まし、俺に食べさせようとする。止めろ、と言ってみるが、止めてくれる気配は全くないので、諦めてされるがまま・・・いつもの俺なら、こんな風じゃないのにな。やっぱり熱でおかしくなってる。
 うまく働かない頭でぼんやりと食べていると、いつの間にか皿は空になっていた。そういえば朝からだるくて何も食べてなかったんだっけ。

 「じゃあ、薬持って来るね」

 市販の薬を持ってきた(多分あの薬局で買ってきたであろう)。何だか薬を飲むのも億劫だし、さっきの仕返しと言わんばかりにこう言った。

 「口移しで飲ませてよ」

 そう言うと顔を真っ赤にして、「そんなこと出来るわけないっ」と反論してきた。でも俺のこと好きだよね?って聞くと、こくんと頷く。
 それなら出来るよ、と意地悪く言ってみると、流石に俯いて、恥ずかしそうにしている。

 「冗談だよ。そんなことしたら風邪うつるだろ?」

 そう。迷惑はかけられないから。だって互いに勉強もあるわけだし、ただでさえこいつの邪魔してるんだから。どうせならさっさと卒業して、もっと一緒に遊びに行きたいから、今は我慢。それこそ、こいつの兄の邪魔のない所まで遊びに行くには、やっぱり受験が終わらないことには無理だ。

 「そろそろ帰った方がいいんじゃない?鷹士さんが心配してるだろうし、それこそホントに風邪がうつるから」
 「そんなこと気にしなくていいのに・・・」

 優しくて、甘い彼女はどこまでも他人優先。一応本人は譲れないことは譲ってない、ということらしいが、第三者から見れば充分他人優先だ。そこが好きなんだろ、と聞かれれば反論は出来ないが。

 「お前、落ちたら大変だろ?」
 「確かに大変かもしれないけど・・・1日勉強しないぐらいなら取り返せるし、それに・・・」

 ヒトミは伝えたいことがある時はちゃんと相手の目をしっかりと見る。その意志が強ければ強いほど、その目は輝きを増す。それが俺の心を乱す原因だ。

 「落ちて一年勉強し直すつらさより、病気の雅紀君を1日でも放っておく方がずっとつらいから。だから今日はずっと傍にいるよ」

 ああ。俺にトコトン甘い。それとも、それさえ読めなかった俺が甘かったのか。とにかく何だか嬉しいような、安心したような、そんな気分だ。
 本当はもっと言わないといけないこともあるんだけど。鷹士さんに後で言われるのは俺なんだけど、とか、一年も遊ぶの我慢出来ないんだけど、とか色々言いたいけど。
 でも今はそんなことどうでもよくなってしまった。
 本当はずっと傍にいてほしいんだから。それが叶うなら、それでいい。
 じゃあ、キスしようって言ったら、真っ赤になりながらも「いいよ」というこいつが本当に可愛くて。
 薬を飲むという本来しなければいけないことを放り出して、キスをする。長い長いキスを交わす。
 口を離すと、潤んだ瞳で見てくるから、襲いたいような気分もしないこともないけれど、体はもう既にだるいし、頭もクラクラするし、そんな目をして「好きだよ」とか言うもんだから、ただでさえ高い熱がさらに上がりそうだし、そんな彼女を壊したくないような気もするし・・・。
 結局は俺の負けで、甘い彼女がいつも勝者なのだ。

 「ヒトミが風邪をひいたら、今度は俺が看病してあげるからな」
 「でも、お兄ちゃんがいるよ?」
 「だって俺がうつしたんだから、俺が責任持って看病すべきだろう?なんだったら、ずっとこの部屋にいたらいいだろ。それなら邪魔されない」
 「えー」

 二人でくすくす笑いながら、俺はヒトミを抱き締める。彼女はそれに合わせて手を俺の背に回す。そのままベッドに倒れこんだら、何だか眠くなってきた。

 「雅紀君、眠いの?」
 「そぅ・・・だな・・・」
 「でも私、片付けしなくちゃだから・・・」
 「うん・・・」
 「だから・・・離して・・・?」
 「いいじゃん・・・明日で・・・」

 仕方ないなぁと頬を膨らましてるヒトミを、可愛いなぁと思いながら眠りについた。



 いつもと違う、あたたかなぬくもりを感じながら眠るのも悪くないな。





















あとがき
 甘い・・・のかな? 私がこめられる甘いものをいっぱい詰めました。(これで?) 華ヒトは甘いの難しいんです、私には。神城先輩は風邪なんぞひかずとも年中甘い台詞をボロボロ生み出しますが、マッキーはそんな量産するタイプじゃないでしょう、でかいのをボンと持ってくるでしょう!!決して神城先輩の甘い台詞はクオリティーがないと言っているのではなく、神城先輩はガトリング砲でマッキーが大砲だって言う話なだけです(例え方が妙) ああ、甘いって難しい・・・。
 一応、一周年記念なのですが・・・当初ラブレボがメインに近いコンテンツでやる予定どころか未プレイだったわけですから・・・分かんないもんですね・・・。リクを下さったみなみ様に捧げたいと思いますが(こっちも返品可笑)、持ち帰りたい人はご自由に持ち帰り下さい。連絡とか一言下さると嬉しい限りです。
 ここまで読んで下さってありがとうございます。














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