Melt
「風早っ!これ変じゃないかなぁ?似合ってるかなぁ?」
「大丈夫ですよ、千尋。よく似合ってます」
千尋は風早の前で一周くるりと回ってみる。膝丈のスカートがひらりと浮いて、千尋は何だかくすぐったい気分だった。
普段ならばこんな薄桃色のスカートなど履いたりしない。千尋はガーリーなのは、自分では恥ずかしくて着ない。いつもはパーカーにジーパン、もしくはレギンスといったカジュアルスタイルが多い。今履いているスカートだって千尋が買ったわけではなく、風早が「千尋に似合うと思って」と言って買ってきたものだ。
では何故着ているのかというと理由はあった。
「忍人さん・・・変に思わないかなぁ・・・」
今日は忍人と一緒に出かけるのだ。と言っても、忍人にも用事があるらしく、そんなに長くはいられない。ただ、忍人に参考書を教えてもらうだけで、それも多忙な忍人を風早がわざわざ捕まえてくれたおかげであり、千尋一人ではどんなに頑張っても約束を取り付けることは出来なかっただろう。
「・・・そろそろ行かなくていいの?千尋」
那岐が面倒くさそうにそう言う。千尋が時計を見ると既に出るべき時刻になっていた。
「っ!行ってきます!」
「行ってらっしゃい、千尋」
千尋は玄関を出て、少し早足で最寄り駅まで向かう。大学の講義を終えて、わざわざ時間を作ってくれたのだから、千尋が遅刻するわけにはいかない。普段履いてるスニーカーとは違い、踵は低くともパンプスを履いているせいか、少し足は痛むが、そんなことよりも忍人に女の子らしく見られたいという気持ちの方が強かった。だから痛みなど気にならなかった。
「忍人さんっ」
しかし忍人は千尋より先に着いていた。時間は5分前。約束の時間より早い。
「すみません、遅れてしまって・・・」
「いや。講義がいつもより早く終わっただけだ。他所で時間を潰す程ではなかったので、ここで待っていただけで、君が気にするようなことではない」
忍人の口調は厳しいので、気にしなくていいと言われているのに何だか千尋は怒られている気分だった。
「物理の参考書が欲しいのだろう?」
「は、はいっ!」
「あまり時間もないから、早く本屋に向かった方が得策だろう。行くぞ」
そう言ってスタスタと歩き出してしまう。予想はついていたが、流石に何も言われないと凹む。
「?どうした?元気がないようだが」
「いえ・・・元気がないというか・・・」
柊までとは言わないが、もう少し気付いてくれたらいいのにと千尋は忍人に気付かれないように溜め息を吐いた。
忍人と千尋が着いた本屋は駅から然程遠くはなかった。普段駅を使わない千尋はこの本屋に立ち寄ることは少ないが、忍人はよく来ているようで、慣れた足付きで店内を進んでいく。
「君の学力がどの程度かは知らないが、これは使いやすいと思う」
忍人が手渡した本は千尋が思っていたような堅い本ではなく、見やすく色分けされた参考書だった。
「色々試したが・・・これが一番分かりやすかった」
「試したって・・・忍人さんが高校生の時ですか?」
「それ以外にいつ試すんだ?」
「いえ・・・だって、忍人さん、高校生の時忙しそうだったから試す時間なんて・・・」
忍人は高校生の時、剣道をやっていた。その当時から強かった忍人はこの辺りでは有名であったし、元来の努力家な性格からか時間がある限り練習に打ち込んでいた。だから色々試したというのは千尋からすると俄には信じられない話だ。
「勉学との両立は学生として当たり前のことだ。だが、俺もあの頃はどれがいいかなど分からなかったからな。だから試したんだ」
「・・・忍人さん・・・すごいですね・・・」
それに比べて、と千尋はつい今の自分を卑下してしまう。変わりたくて始めた弓道と勉学の両立は千尋にとって、正直苦しかった。どうにか通常通りの予習復習は出来ても、それ以上というのは考えられない。
だが忍人は千尋と同じ年齢の頃には既にしっかりしていた。千尋は今の自分に溜め息を吐きたくなる。
「・・・君が何に落ち込んでいるのかは知らないが、君は頑張っているだろう。暗くなる必要はない。真っ直ぐ、堂々としていたらいいんだ」
「忍人さん・・・」
普段は鈍いというのに、こういう時はすぐに気付く忍人。決して慰めるような言葉ではないけれど、忍人の真っ直ぐな言葉は千尋に驚く程届く。自信と力をくれる。そんな忍人が好きだと千尋は改めて思った。
「私・・・これ、買ってきます!」
好きだと伝えることはきっと出来ない。好きだと思うだけで、こんなにも胸が高鳴って目も合わせられないというのに。けれど、もし自分をもっと好きになれたなら・・・。千尋はそう思った。
そのままいい気分で終われたら良かったのだが、なかなかそううまくはいかないらしい。天気予報は降水確率20%だった。なのにこの雨はなんだろう。傘をささなくてはいけないような雨は。
「君は傘を持っているか?」
「・・・はい、一応」
確かに持っている。しかし傘をさしたら忍人との距離が開いてしまう。確かに今も近くはないが、それほど遠い場所でもない。こんなに近くにいられる機会なんてないのに、雨が降り始めるとは。
「・・・何を落ち込んでいるんだ、君は」
「・・・・・・雨は乙女心を沈ませるんです」
「君が何を言いたいのかさっぱり分からない」
千尋は溜め息を吐いた。チラリと忍人の方を見てみると、思った通り少し呆れたような顔をしていた。分かっていたとは言え、少し傷付く表情である。
「・・・とにかく、ここで雨宿りしている時間はない」
「知ってます・・・」
「風早にも君のことを頼まれている。俺の傘に入れ」
「・・・え?」
傘に入れといった忍人の真意が分からず、千尋は忍人を見つめ、パチパチと瞬きを繰り返す。
普段の忍人ならば、そんな面倒なことはしない筈だ。彼ならば相合い傘などというどちらも濡れてしまう方法は取らない。
「俺の傘の方が大きいだろう?なるべく濡れずに済む」
「あの、そうではなくて。何故、その・・・相合い傘を・・・?」
「・・・風早に『千尋の話し相手になってほしい』と頼まれた」
何故ここで風早の名前が出てきたのか分からないが、千尋は黙って忍人の話を聞いた。
「家族には話せないような悩みや、他人に聞いてほしい話もあるだろうからと。俺も一度引き受けたからには、君の話を聞く必要がある」
「・・・?はい」
とりあえず、風早が千尋の話し相手をしてくれと忍人に話したことは分かった。だが、それと相合い傘をすることとは何の関係があるのだろうかと、千尋は軽く首を横に傾ける。
「雨で会話がしにくいだろう。近くにいた方がいい。だから、俺の傘に入るといい」
「そういうことだったんですね・・・」
千尋は納得したようだが、本来ならば雨ぐらいでは聞こえないなんてことは有り得ない。忍人の照れ隠しであるということに千尋は気付かなかった。
忍人と相合い傘が嬉しいという気持ちと照れくさいという気持ちがごちゃごちゃになって、落ち着かない気分で千尋は忍人の傘の中に入り、二人は歩き始める。
地面を跳ねる水滴が少し冷たくて、靴が気持ち悪かったが、それでも忍人に触れている肩が熱を持ち、そちらが気になって千尋はつい黙ってしまう。そして、忍人も黙ったままだった。
決して心地よい沈黙とは言えず、千尋の胸の高鳴りが千尋自身を無口にさせていた。話したいことはきっとたくさんある筈なのに、言葉がうまく出てこない。
「あ、あの・・・!」
「どうした?」
「今日はありがとうございました。勉強のことも相談に乗って下さって」
だが、千尋が言えるのはこれが精一杯だった。これを言うだけで震えてしまうくらい、緊張しているのだ。
「大したことは言っていないだろう」
「忍人さんにとっては大したことではないかもしれないかもしれませんが、私は嬉しかったです。忍人さんに頑張ってるんだなって認めてもらえるのは、本当に自分が前に進めているんだなって・・・」
「君がそう思ってくれるなら・・・今日は来て良かった」
そう言って、忍人は笑う。彼にしては柔らかい表情をして。それが千尋を嬉しくさせ、泣きたいぐらい幸せだと思った。
「そろそろ駅だな」
「そう・・・ですね」
だが、別れの時は訪れてしまう。千尋がこの時間をどれだけ望んでも別れは訪れる。それを残念に思うのは千尋だけの我が侭だけで無ければいいと思うのは、千尋の独り善がりだろうか。
「また、何かあれば言ってくれ。君の力になれるならば、出来る限り協力しよう」
「あ、ありがとうございます」
しかし千尋も気付いていない。遠回しにまた会っても良いと言われていることを。そして忍人がこんなことを口にするのは、千尋相手だけだということを。
あとがき
ずっと途中だったものを書き上げてしまおう、第一段です。そう、r/y/oさんの「メ/ル/ト」ですwそんな甘い忍千もたまには良いかなぁと思って、敢えてすっごく甘々に出来る捏造現代ものです。
文体が途中から変わってしまってるかも・・・読みにくくてすみませんm(__)m今後もぼちぼちこんなものを書いていこうと思います。だって、携帯の中がすっごく未送信が多くなって邪魔になってきてしまってw
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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