実らなかった果実
燭龍を倒し、ゆき達が元の世界に戻ると同時に、八葉達は各々飛ばされた。おそらくあるべき場所に戻ると白龍は言っていたが、真偽は分からない。何故なら、アーネストと晋作はどこか分からない、見渡す限りの木ばかりの場所にいたからだ。
だが、ここがどこかなど、気にする余裕がなかったのは、晋作の身体が崩れ落ちたからだ。
「高杉さん?!」
普段から特別仲が良かったわけではなく、寧ろ嫌っていた相手のように思うのだが、しかし対が倒れれば驚き、心配するのは人として当然の反応であり、アーネストもまたそれに当てはまる。
「平気だ」
「平気だって……顔が真っ青ですよ」
アーネストが言う通り、晋作の顔は蒼白としていた。これほどまでになるには、何かしら過程があった筈なのだが、いつからかをアーネストは思い出せなかった。対と言えど、晋作をまじまじと見る機会などなく、また彼もそういう素振りを見せていなかった。いや、もしかしたら気付かない振りをアーネスト自身もしていたのかもしれない。
だが、そんなことを気にするよりも、現状をどうするかが重要であり、急務だ。アーネストは晋作に手を差し伸べた。
「今回だけですが、肩をお貸ししますよ」
「……珍しいこともあるものだな」
「流石に病人を置いていくほど、私も薄情な人間ではありませんから」
この場に居ても仕方がなく、また白龍が戻す場所は常にその人物が必要とされる場所に着いていた。ならば、今回もその例に当てはまると考えても良いと判断し、とにかく歩いてみると、運良かったのか、予想通りだったと言うべきか、道が見えた。
「この道をこちらに行けば、恐らく江戸に出る筈だ」
「よくご存知ですね」
「追われることが多いからな。この道を抜ければ、貴殿の望む場所に出るだろう」
「ああ……領事館に着くんですね」
そう言ってもらえれば、アーネストも現在地を把握することが出来た。
「寄っていきませんか?」
「は?」
「少し休んでいけば体調もよくなるかもしれませんし、今は運が良いことに私の上司はいませんから」
「……異国を良く思わない者を入れても良いのか?」
「今の高杉さんなら、私でも抑えられますよ」
「ほう。舐められたものだな」
「本当のことですから」
このような軽口を交わせる程度なのだから、晋作もまだ大丈夫だ、とアーネストは思う。
また暫く歩いて、領事館に着くと、アーネストは晋作を案内した。晋作をソファーに座るように促し、アーネストはそのついでにと紅茶を淹れた。
「…………」
「毒なんかは入っていませんよ」
「その方が自然だろうがな」
「嫌なら飲まないで下さい」
ゆきのような優しく勧めることをする義理もアーネストはなく、晋作もそれを望まないだろう。晋作は少しだけ口を付けて、カップをそっと置いた。
「異国の飲み物には慣れぬな」
「飲み続けていれば慣れる日も来るかもしれませんよ」
「そうかもしれんな」
晋作から肯定されるとは思っておらず、アーネストは多少狼狽えたが、すぐに取り繕い、晋作の向かい側に腰かけた。
「けれど、紅茶に慣れた高杉さんなんて不気味です」
「最初に貴殿が言ったことだろう。……確かに貴殿が言うように慣れることはないだろうが。貴殿が出さねば飲むこともなかっただろう」
「ああ……じゃあこれが最後の機会だったんですね」
「最後?」
アーネストも本来言うつもりはなかったのだが、こうして、立場も考え方も交わることのない二人が対として出逢い、茶を酌み交わしているのだ。何かの縁もあるのだろうか、アーネストは今、話しても良い気がした。
「他国に移るんです。昇進という形でね」
そう言葉にすると寂しくなるのは、それだけ日本に思い入れがあるからだろう。嫌な思いも確かにしたが、その苦労を乗り越えて、今ここにいる。素直に好意を示すことはないにしても、名残惜しさは誤魔化すことができないものだ。
「……ずっと聞くことがなかったが、貴殿には一つ聞いてみたいことがある」
晋作が真剣な眼差しをアーネストに向ける。その鋭い眼差しを見ると身構えてしまうのは、恐怖からではなく、同じだけの覚悟を返せるか、嫌われることは気に止めないが、幻滅されるのは嫌だと思うからだろう。
「貴殿は何故、外交官をしている?」
「何故……というのは?」
「我が国もそうだが、歓迎される国ばかりではないだろう。祖国の為とは言え、生半可な覚悟では外交官など志せなかった筈だ」
「……高杉さんに、そのように興味を抱いてもらえるとは思えませんでした」
「誤魔化すな」
「そう、ですね。……」
普段ならば、素直に答えようと思わない。だが、最終決戦が終わった後だからだろうか、話してみても良い気がした。
「……他国と母国を繋ぐ為です。母国が搾取し過ぎず、長く協力関係を築けるように……それが我が国の繁栄に繋がりますから」
それを晋作が信じるとはアーネストも思えない。だが、晋作はそれを真剣に聞き、疑っているような素振りはなかった。
「……そうか」
それ以上は晋作も聞いてこなかったので、アーネストもそれ以上話さなかった。
そして晋作は徐に立ち上がった。
「これ以上長居はできまい。そろそろ失礼しよう」
「そうですね。高杉さんの顔色もよくなってきたみたいですし」
「世話をかけたな」
「いえ、困った時はお互い様ですから」
いつもの二人ならば、そんな互いを労るような会話をしなかった。どこかいつもと違う空気に不思議な感覚は、きっと決戦が終わった後だから。そう互いに思うことでその場を片付ける。
アーネストは晋作を出口まで見送り、もてなした紅茶を下げる。
「おや……」
晋作に出した紅茶は空っぽになっていた。慣れぬと言っていた紅茶であったが、全て飲み干していたのは日本人として、最大の礼儀を示してくれたからだろう。
そんな日本人をアーネストは好ましく思う。これみよがしな好意ではなく、細やかな気配りが、日本人そのものの資質のように思う。その日本を離れることをやはり寂しいと思うが、晋作に言った言葉を反芻する。
(そう、母国の為……奪い尽くすのを防ぎ、協力関係を築く為です)
敵対関係にあった晋作を、アーネストは嫌いだと思う。が、彼の、意志を貫き通す姿勢は、決して否定できるものではないとアーネストは晋作を評価する。そして、自分も同じく、自分の信じる意志を曲げないことが、彼の対として誇ることが出来る唯一の方法なのだと。
「ああ……そうだったんですね」
アーネストは晋作の散るを良しとする姿を嫌いながらも、強い志を尊敬の念を持っていたことに気付いた。
しかし、気付くのが遅かったとは思わない。きっと晋作との距離は丁度良かったのだから。悪態をついて、それを返してくれる晋作との距離は、心地好かった。
だから、これで良かった、とアーネストは思う。
それから暫くして、アーネストは日本を発った。幾人か船の見送りの中に、あの、黒く美しい人の影をアーネストが見たのは恐らく気のせいではないのだろう。
きっと、アーネストはもう一度日本を訪れるだろう。それには確信があった。だが、それと同じく、晋作にはもう二度と会えない予感があった。
あとがき
初サト高で、初風花記ネタです。書かなきゃ!!と思ったネタはアーネストの桜の木のネタだったのですが、うっかりこんなネタに……(^q^)まとまりはないけど、後悔はしてません、うん。まとまりないなーw
恋愛未満な二人も好きなので……勿論、ラブラブなのも好きですし、憎愛はもっと好物で(ry
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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