間話2
※祟ゆき
※読まなくても大丈夫です。
「どうして……」
そう呟いた祟の言葉には、困惑以外の感情を含んでいた。
息も絶え絶えな少女をただ見下ろしすことしか出来ない祟は、やはりゆきが憎かった。
幼い頃から知っていた。瞬が自分の行く末を知っていたように、祟もゆきが世界を救うことで、自分達の存在を消すことを知っていた。ただ、瞬のように納得することが出来なかったのは、祟の人間が出来てなかった訳ではない。自己の喪失を恐れない人間はいない。死ぬだけではなく、忘れ去られてしまうことを怖いと、それが特別な不幸であることを祟は知っていた。皆が将来の夢を楽しげに語るのを、羨むだけで済む程、聖人ではいられなかった。少なくとも、兄の好いた相手のように未来の匂いがするような人物を選べない程度には心も広くはない。恐らく自分ならば堪えられなかっただろう。
そんな祟だが、何故かゆきの傍から離れることが出来ずにいた。兄のように意図的に一定の距離を取ることも出来たし、それを責めるような相手はいなかっただろう。
だが、傍にいたのはゆきがどこまでも甘かったからだろう。
祟が馬鹿だと思う程、ゆきは誰に対しても甘かった。それを祟は理解出来なかったし、する気もなかったが、少なくともそれは祟を癒したのだ。誰にも伝えることの出来ない恐怖を、一人で抱えることは難しく、それを癒してくれたのはゆきの甘さだった。無条件で手を差し伸べるゆきの甘さは、祟に憎しみを抱きながらも、それを望んでいた。傍に居てほしい時には、いつもゆきが居た。何も知らないまま、何も知ろうとしないまま、ゆきは祟の傍に居てくれた。それが時に憎く、そしてそれが嬉しかったのは確かだった。
しかし、今目の前にいるゆきは祟を置いていこうとしている。
「何でだよ、お姉ちゃん……瞬兄はお姉ちゃんさえ居たら、それなりに幸せで居られる。わざわざそんなことしなくても……!」
「でも……瞬兄の最高の幸せは龍馬さんと一緒にあることだよ……」
ゆきは苦しそうに息をしているのに、満足そうに微笑んでいた。
「それに、祟君の幸せはきっと私がいないことだから……」
だからこれでいいの。二人の幸せが私の幸せ。
そうゆきは途切れ途切れに言った。祟はそれを黙って見ていた。確かにゆきの傍に居たのは苦しかったが、それは憎しみだけのせいではない。
「ごめんね、祟君……今まで気付かなくて、ごめんね……」
ゆきは涙を浮かべて、そう言った。そう言って、目を閉じ、動かなくなる。祟は崩れ落ちるように膝を付き、ゆきの手を取る。頬を濡らすものは、生温かった。
「本当に、馬鹿だよ……お姉ちゃん……!」
あとがき
恐くて恐くて仕方ない時は甘やかされたいと思うのです。祟君の場合は恐怖の対象とそれが同じだったから複雑なだけで、ゆきちゃんのそういう甘さがきっと好きだったと思うんです。
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