きみと手をつなぐ5

(お借りしたのはこちら


























1.手をつないだ。きみに一歩近づけた気がした。(ゲーム中のいずれかの時空での話)

「ねぇ、柊」

 何気ない一声を、柊は聞き逃さない。振り向いて、いつも通り微笑んでみせる。
 けれど、いつも通りではないのは千尋が手を繋いでみせたことだ。

「我が君?」
「いや?」
「まさか。ですが、恐れ多いことかと……」
「そう?今ならば、誰も見ていないし、大丈夫よ」

 そう微笑んでみせる千尋は、悪戯の成功した子どものようだった。

「いつかのお返しよ」

 はて、と柊は考えを巡らせる。思い出すのに時間はかからなかったが、しかしよく覚えていたな、と感心した。

「さっき思い出したの。貴方って昔から考えていることが分からなかったから、少し仕返しをしたくて」

 ふふふ、と笑う主を見て、柊も笑みを深くする。このような可愛い仕返しをする少女を、愛しく感じずにいられようか。







2.怖がるきみの手を握った、僕の下心をきみは知らない。(過去話。↑の関連)

 幼い少女は座り込んでいた。泣きもせず、ただ、遠くを見て――。

「風早はまだ来れませんよ」

 おそらく、少女の様子は既に彼の従者は知っているだろう。それでいて、来れない事情があることを柊は知っている。そうでもしなければ、柊はこの場にいる少女の前になど現れることも出来なかっただろう。

「僭越ながら私めがお迎えに上がりました。さ、姫、寒くなる前に……」

 そう言って、手を差し出す。少女は少し怯えた様子で、しかし逃げることなく、柊を見詰める。

「あの……」
「どうか致しましたか?」
「……私のこと……」

 幼い姫君が言いたいことは分かった。彼女は迫害されて育ったのだから、手を取ることに躊躇いを覚えている。嫌がっていないか、嫌われないかと怯えている。

「私から触れることをお許し下さい、姫」

 そう言って、柊は金糸の髪を持つ姫の手を握る。幼子の手は温かく、柔らかかった。

「ありがとう」

 まだ完全に警戒を解いてはいないものの、少女は礼を言う。下心を知らぬ姫は、男の目論見になど気付かない。






3.秋の夕暮れは少し寒くて、きみの手はこんなにも温かい。(ED後)

 王となったばかりの少女が、正式とは言えずとも事実上は伴侶と呼んでも不思議でない男と歩く。男は満足そうに、少女は少し拗ねたように手を繋いでいた。

「ねぇ、柊。手を繋ぐのに、手袋をしたままでは寂しいわ」
「ですが、これは私の武器を扱うには必要なものですから、仕方ありません。まだ平和とは言えない世で、何も持たないというのは、生まれたばかりの赤子と同じ……」
「貴方、単独だと戦闘が厳しかった気がするわ」
「……手厳しいですね、我が君。ですが、もう少し先まで我慢して下さい。あそこまで行けば、結界を張りますから」

 少女の我が侭を叶えるべく、男は存在する。それが男の喜びであり、生き甲斐なのだから。

「ねぇ、手袋を外して」
「性急ですね。そんなに急かさずとも逃げませんよ」
「柊なら逃げそうだわ。貴方って肝心な時にうまく誤魔化すから」

 じとりと少女に見詰めると、男は苦笑する。少女は男を信用しているものの、ある種信用していない。それこそこれまでの男の行いのせいなのだが。

「私が我が君の期待を裏切ったことがありますか?」
「……期待という意味ではないわ。予想の斜め上はいくけれど」
「私は貴女の忠実な僕。貴女が望むならば、どのような無理な願いでも叶えてみせましょう」

 男の白い指が露となり、少女は物珍しいものを見るかのように、男の手に触れ、そして、当初の願い通り、手を握った。

「手袋をしていたというのに、貴方の手は冷たいのね」
「残念なことに、私の手では我が君の手を温めることは出来ません。もう一度、手袋を致しましょうか?」
「いえ、このままでいいわ」

 少女はそう言って、歩き出す。その歩みに宛てなどなく、そぞろ歩きそのものだ。

「私が温めてあげる」

 少女の手は温かく、男の手に温度を分け与える。それは少女と男の関係を思わせた。

「至極僭越のことと存じます。我が君」







4.ひとりにしてと微笑うきみの、震える手を離すものかと。(5章のあたり)

 愛する姫の異変に気付けぬ軍師ではなく、多くを失った彼女の望むことさえも見通せた。
 が、軍師はそれを敢えて見ないふりをした。男としての性がそうさせたのだ。

「ねぇ、柊……私もすぐに部屋に戻るから。少し一人で考えたいことがあるの」
「貴女の頭上にある星と同じく、私のことも貴女の星とお考え下さい。どこに居られようと、星は貴女のお傍にあり、貴女も普段はそれを意識しないでしょう?」
「ねえ、柊、私は……」
「我が君」

 軍師は姫に手を差し出す。布越しでは温度を感じることは出来ないのだが、姫の華奢な手を包むことはできる。

「星は照らし、見詰めるだけです。お気になされないで下さい」
「……星は手を繋いできたりなんかしないわ」

 姫の手は微かに震えていたが、軍師はその手を離さなかった。夜が明ければ姫に待ち受けるのは現実だ。それを姫も自覚しており、一人で抱え込むつもりだった。
 それを軍師は決して批難はしないが、姫が壊れてしまうことは避けたく、手を離しがたいと思うのだ。






5.僕はただきみの手を握って、きみは黙ったまま頷いて。(↑の続き)

 柊から手を握り込まれ、千尋は逃げ出すことも出来なかった。柊は千尋が一人になりたいことを分かっている筈なのに、柊は一人にしてくれない。

「頭上の星からは、私の表情までは見れないでしょう」
「ええ、そうかもしれませんね」
「じゃあ、貴方も見ないでね」

 貴方を星と例えるのなら。
 柊はそれに反応することはなかった。が、千尋はそれを是と取ることにする。
 多くの命を失ったのは、千尋の判断ミスだ。だから、安易に泣きたくなかったのだが、誰も来ない場所で悲しみを受け入れたいと思った。それは千尋にとって大事な、次に進む為の儀式だ。
 それをこの隻眼の男は邪魔をしようとする。ならば千尋も知らないふりをして、悲しみに暮れていようと思う。
 しかし、やはり泣ける筈もなく、俯いているだけしか出来なかった。だが、黙って、人のぬくもり(と言っても手袋越しなのだが、人肌が近くにあると何となく感じる温かさ)に触れているだけでも、心は多少軽くなる。ちらりと柊を盗み見ると、千尋の方を見てはいなかったけれど、千尋の様子は分かったのか、柊は黙って頷いた。




































あとがき
 ハッピーバースデー柊!ということで柊千です。
 4年に一回なんでね、誕生日ネタはないけど、割と当社比で甘めです。相変わらずの駄文ですが。

 こんな拙いお祝いですが、読者様に感謝と、柊への感謝の意を込めて……。















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