愛し殺意の10題 お題こちらから
○君を殺したのは私じゃない、孤独だよ(知望)
寂しい人、と望美は青に染まる海を見詰める。少し前までは緋が薄暗く揺らめいていたのに、まるで何もなかったかのように、清らかで穏やかな青が広がっている。そう、何もなくなった。残ったのは、望美の胸の中にある痛みだけ。それ以外に彼が残したものは何もない。こんなにも望美が求めていることを知らないままに、彼は死んだ。
「…私はまだ死ねないわ」
だって、私が、龍神の神子が必要な人達がいるから。望美は彼と共に死ねない。それはどんな運命でも変わらない、唯一のものだろう。
彼には、それほど求めてくれる人がいなかった。否、彼にそれが届かなかった。
寂しい人、と望美は声にならぬ声で呟いた。
○神殺しの英雄と讃えよう(千尋)
国を取り戻し、平和な国を作った中つ国の女王。後世に残る自分はこんなものだろうか、と一人自嘲する。
末端の人々は真実を知らない。中つ国の神に弓を弾き、龍を滅したのは、紛れもなく、中つ国の女王である神子本人であると。
それでも。この中つ国は龍神に守られし国だと謳う。多くの犠牲のもとに国を再興させた王を清らかだと讃える。
ああ、それはなんて滑稽なのだろう!愚かで愛しい民達はそれを信じて疑わないのだ!
そう、本当は様々なものを踏みつけて、神殺しの英雄だというのに。
○頭の中で何度も愛して犯して殺したんだ(都→ゆき)
愛しい天使。
愛してる。
愛してる。愛してるよ。
私だけを見て。私だけを見ればいいのに。
私以外の人に笑いかけないで。天使は私にだけ微笑めばいい。
泣き顔も、困った顔も私だけでいい。私だけに頼ればいい。私だけ求めればいい。私だけ、私だけ――
私以外に媚を売るあの子なんていっそ…。
「都?」
「…ん?どうした?ゆき」
「都がぼうっとしてたから…どうかしたの?」
「いや?少し考え事してただけ。何でもないよ」
「そう?」
「そうだよ」
私以外に目を向けるあの子なんて消えてしまえばいい。そうしたら永遠に私以外の奴の手に渡らなくて済むのに。
○今から行きますので、どうか御覚悟を(サティ千)
どうせ、何度呼びかけても、彼には届きはしないだろう。千尋はそう考えている。
明確な理由なんて分からないが、道が違う。目指すものは一緒でもそれは決して交わることのない道だ。互いが諦めない限り、それは交わらぬ道。
同じ道を歩きたいと、諦めきれずにいる千尋でも、何となく分かっていた。彼は死を選ぶだろうと。
それはとても胸が痛くて、泣きそうな事実だ。だが、憂いたところで変わらぬ現実である。何故なら千尋も譲れぬ道を歩いているから。彼を一番には選べないから。
ナーサティヤの覚悟も、千尋の覚悟も変わらぬのなら。
「行こう、皆。平和な豊葦原を、世界を取り戻そう」
○おめでとう、君は99人目の犠牲者だ!(柊千)
「ねぇ、柊?一つ聞いてもいい?」
「何でしょう?我が君」
「柊はこんな未来で良かった?」
千尋が言わんとしていることは、柊も何となく分かっていた。
柊が知っている既定伝承とは大きく違う未来。白き龍を喚ぶこともなく、二人だけで黒き龍を倒した世界。柊の想像もしなかった時空だ。
「ほら、柊は白い龍を見たがってたでしょう?だから…」
私は後悔していないけれど、と千尋はその顔を濁す。
千尋は優しい。優しいからこそ、犠牲となる全てのものに心を砕く。その優しさに一番犠牲となっているのは自分自身であるとは知らずに。
「確かに私の願いは叶わなかったかもしれません。ですが、」
願うこともなかった未来が実現したのだ。柊が千尋の傍らに居られれる世界。天秤にかけるまでもない。
「貴女が与えてくれた未来を、どうして否定できましょう。貴方に触れられる喜びに、ずっと共にいられる喜びに、替えられるものなどないのですから」
柊は多くの千尋を見てきた。何度も何度も自らの気持ちを犠牲にして、彼女は平和を取り戻した。誰も彼も彼女の本当の願いなど気にもかけなかったというのに、今も千尋は柊を気にかける。
犠牲者は、この優しくも強い神子。幾度も犠牲となってきた姫は、あくまで他人の犠牲に気を揉む。自分が犠牲となっていることも知らずに。だから、こんなにもいとおしいのだ。
○君の死が必要だ、この世界を救うために(高ゆき)
命を賭してでも、時に貫かねばならぬ志がある。高杉はそう思う。
彼女もそうだ。彼が美しい、大切であると思う彼女も、自分の意志の為に己を削る。同じ志であるこそ共に戦う。共にある。
だが、ふと思う。もし彼女の傍にいるのが自分でなかったら。例えば世話役の幼馴染みであったり、異国の外交官であったなら。
もっと優しく労ってもらえたかもしれない。そもそも、こんな目に会わせたりもしなかったかもしれない。少なくとも、少しだけ長く生きていけるだろう。決して志を無くすこともなく。
ああ、だがそれを分かっていても尚、彼は手放せずにいる。彼女の境遇を呪いこそしても、ゆきを手放せない。
世界を救うには、彼女に犠牲が必要だ。
(そう、少なくとも高杉の定義する世界にとっては。)
○怖がらないで、これでただ零になるだけ(風千)
世界は救われる。他ならぬ、風早が愛した少女の手によって。
―風早…っ―
(泣かないで、俺の姫。)
大丈夫。俺がいなくても、姫はきっと前に進んでいける。
そんな強くて優しい子だと風早は知っている。だからこんなにも惹かれて止まないのだから。
(優しくて、強くて…本当は脆くて、だから守りたかったんです。)
もう千尋が苦しまなくて済む世界になる。戦もない、穏やかな世界になる。少なくともきっと、千尋が生を受けている間は。
(泣かないで、千尋。ただ元に戻るだけなんです。)
風早のいない零の世界に戻るだけ。始まりの世界に戻るだけなのだから。
(例え貴女が俺を忘れてしまっても――)
貴女が笑っていてくれる時空ならばそれでいい。
○それしか君を救う方法が見つからない(帯ゆき)
非合理極まりない、と小松は心の中で自身を嘲笑った。
小松の目的など元から決まっている。平らかな世を作ること。その為に薩長で同盟を結び、大政奉還を為すこと。その為に利用出来るものは全て利用しようと思った。真っ白な少女でさえも利用しようと。
だが、結論はどうだろう。彼女を利用するどころか、まさか守ろうとするだなんて。本末転倒も良いところだ。
でも、悪い気分ではない。小松はそう思う。
愛しい女性を守って死ぬなんて男冥利に尽きるじゃないか。
優しく、意外に聡明な少女のことだから、きっと悲しむだろう。後悔するだろう。小松がなんと言おうとゆきはそういう子だから。
優しい少女を遺して逝くのは心残りがないわけではないけれど。
それでも、これしか救う方法が見付からないから。これで…
(…良かった……――)
○心底愛しています、殺してやりたいほど(銀望前提の泰望)
この会話を何度しただろう、と望美は溜め息を吐いた。互いに答えは同じであろうに、つまらないやり取りだとちらりと泰衡を見る。
「憎んでますよ、殺してやりたいほどに」
愛しい男を殺されて、殺してやりたいと思うの至極当然に抱く感情だと思う。
だが、守りたいものは同じであるし、望美一人の力でも、また泰衡自身の力でも、太刀打ち出来る相手ではない。
要するに目的を同じくしている限り、互いに協力し合う関係。それだけだ。
「そうだろうな…」
自嘲気味に笑う彼に、分かっているなら聞くなと思う。このやり取りにも飽々している。
だが、これは最早儀式のようなものだ。互いの距離を確認する儀式。近付き過ぎない為に必要な儀式なのだ。
自分が殺した男の女に近付き過ぎるのは不幸でしかない。そういうことかもしれない。
だが、彼の本意を望美は気付いていた。
これはきっと望美の為の儀式だ。泰衡は決して認めないだろうけれど。これは望美の為の境界線だ。
(だって、不幸でしょう?自分の愛する人を殺した男を愛してしまうなんて)
近付き過ぎて不幸なのは望美の方。それを泰衡は分かっている。だからこそ憎んでいることを口にさせる。望美に再確認させる為に。
一つだけ泰衡の誤算があるとするならば、それを望美に気付かれてしまったこと。
不器用な優しさに気付いてしまったら、もう戻れない。
(そう、殺してやりたいほど憎いよ。残忍で不器用な優しさを持つ貴方が、殺してやりたいほど憎くて、愛しい)
心底愛しています、殺してやりたいほど。
○ハニーハニー、僕は此処だよ、君を殺したよ(景望)
緋は彼女の白い肌によく映える。雪の上に落ちる椿のように残酷な美しさがある。
死してなお、美しい少女の亡骸に、景時はそっと触れる。
徐々に温度が失われていく間隔。若葉色の瞳がもう景時を見詰めることはない。
もう彼女のころころと変わる表情を見ることも。
景時を呼ぶ、優しい声を聞くことも。
軽やかな足取りも。
優しい指も。
もうない。
失われた。
違う。
奪ったのだ。
景時がその手で。
「……っ…!!」
声にならなかった。
自分の手は赤く染まっていた。他ならぬ少女の血で。
目の前が暗くなる。
未来なんて見えやしない、暗闇が。
もう助けてくれる彼女も……。
「……か……さ……っ」
「……げときさんっ!!景時さん起きて下さい!!こんなところで寝てたら風邪ひきますよ!!」
「…………望美…ちゃん…?」
「いくら夏だからって夕方にこんな場所で寝てたら風邪ひきますよ?」
「あれ……俺、寝てたの…?」
「はい、ぐっすりと」
じゃあさっきのは夢か。だからまだ彼女は生きている。その事実に少しだけ安堵した。
「……ごめんね、望美ちゃん。ごめん」
「別に、いいですよ、これくらい」
「…本当にごめんね…」
「……景時さん?」
確かに今は夢。だが、これはいずれ夢ではなくなる。いずれ望美を殺すことになる。
景時の選択肢は一つしかないから。
家族を守るのは自分しかいないから。
頼朝様が恐ろしくて仕方ないから。
だから望美を選べない。
「ごめんね、望美ちゃん…」
「……いいですよ。許してあげます。だから……」
泣かないで。
望美はそう言って、景時を抱き寄せた。
景時は実際に泣いていなかった。
だが、心の声を望美は気付いてくれた。
景時は望美の優しさに何度も救われる。
けれど。
(ハニー、ハニー、僕は此処だよ。君を殺したよ)
(君が優しくする男は、いずれ君を殺すことになる)
(ああ、だから早く――)
(気付いて――そして俺を殺して…――)
あとがき
愛し殺意ということ で す が、
殺意、少ないよねっていう。
それなりに遙か3、4、5のCPを混ぜてやってみました。
短いのか長いのかしか書けない、両極端な奴なので、短いやつはweb拍手で書いて、ちゃんと更新していきたいなって。という希望。
楽しんで下さったなら、こちらとしても喜ばしいことです。
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