【君へありがとうを10回言おう】
























01: 笑ってくれて (泰望)

 少女は誰にでも笑いかけた。おそらく嫌っていたであろう泰衡にもだ。
 それがどこか疎ましかった筈なのに、死を直前に控えた今、春の日溜まりのように温かさを与えてくれる。
「私に……笑いかけるなど、酔狂なことだ……」
 既に未練もない泰衡に、少女の微笑みは野の花を見付けたような幸福を孕み、心を穏やかにさせた。
「……感謝、する……神子殿」
 幸せな死にしてくれて――。




























02: 僕の代わりに泣いてくれて (弁望)

「……泣かないで下さい、望美さん」
 望美が泣いているのは源氏の者が死んでいくのを、此方は黙って見ているしかないからだ。最小限の犠牲。そう済むように仕向けたのは弁慶だ。最良の策を練り、仲間を見殺しにしてでも、犠牲を最小限に済ませる。軍師として当然の役目だ。
「ごめんなさい……っ」
「ああ、謝らなくてもいいんですよ。君はまだ不慣れでしょうし、泣くのは当たり前ですよ」
 望美は優しい少女だから。優しい少女が泣くのは仕方ない。弁慶はそう思う。
「でも、弁慶さんは泣いていません…!!」
「そうですね……僕の場合は慣れてしまったかな」
 慣れるだなんて残酷なことを言うものだと弁慶は思う。まさしくこういうことは慣れてしまえば、悲しさも薄れる。残酷だが、人間とはそういうものだ。
「……でも、弁慶さんだって、悲しいんでしょう」
「けれど、平気です。慣れますよ」
 望美には慣れないでいてほしいと思うけれど。
「……私は慣れません」
「…そうですか」
「……弁慶さんの分まで泣きますっ」
 そう言って、涙を溢す望美を美しいと弁慶は思った。
「……ありがとうございます」


































03: 本気で怒ってくれて (瞬ゆき)

「ゆき、勝手な行動は謹んで下さい」
「傍にいて下さい。でないと、貴女を守れない」
 そう口にする瞬の言葉を、ゆきは守ろうとは思わない。勿論、呆れられる前に止めておくくらいの分別はあるが。
 時には本気で怒られたりするが、ゆきを怒るのはずっと瞬だけだった。他人は呆れながらも、それについて何も言わない。それはゆきを可愛いと言いながら、その実、ゆきという人間がどうでもいいことを示す。
 ゆきを怒って、甘やかしてくれるのは瞬だけだ。だからこそ、ゆきは瞬が好きだ。ゆきのことを本気で考えてくれる、瞬が大好きだ。
「瞬兄、いつもありがとう。大好きだよ」
「ゆき?どうしたんですか?」
「言いたかっただけ」
 そう言って、ゆきはふふっと笑った。


































04: ずっと一緒にいてくれて (風千)

「風早」
 昔と変わらず風早を呼ぶ少女の声が愛しい。
 千尋は再び風早の名を呼ぶ。
「どうしたんですか?千尋」
「あのね、ずっと言いたかったんだけど、タイミングが合わなくて言えなかったことがあるの」
「言えなかったこと……ですか?」
 何だろう、と風早は首を傾げる。千尋のことはおおよそ検討がつくつもりなのだが、時々この姫は思いも寄らないことをするものだから。
「あのね、ありがとう」
「え?」
「ずっと一緒に居てくれて。風早がいなかったら、多分、私は隠れるように生きるただの姫だったと思う。風早がいてくれたから、私は今まで頑張れたんだよ」
 だから、ありがとう。そう千尋は言う。昔と変わらず屈託ない笑顔で。
 風早が千尋の為にしてきたことは大それたことではない。主に言われるがままに千尋の傍にいて、人間の行く末を見てきただけ。だが、千尋はそれをよく知っている筈なのに、そう口にする。
「俺は何もしていませんよ」
「ううん。風早がいてくれたから。姉様以外にいなかった私に、風早は色々なことを教えてくれた。色々な場所へ連れていってくれて……いつだって風早は私を守ってくれた」
「千尋……」
「だから、ありがとう。これからもずっと一緒にいてほしい」
「…っ…はい。ずっと一緒にいます。千尋の傍にずっと。俺の居場所はいつだって千尋の傍なんですから」


































05: 生まれてきてくれて (桜ゆき)

「桜智さん」
 桜智にぴったりとくっついているゆきに、恋人になった今でも桜智は胸が高鳴ってどうしようもなくなる。その上、上目遣いでこちらを見てくるとなると、愛しさが溢れてきてしまいそうだ。
「な、何だい…?ゆきちゃん」
「桜智さんがいて、私、すごく幸せだなぁって思っただけです」
 ゆき独特のふわりとした微笑みに、桜智は倒れそうになる。言葉の破壊力も凄まじかった。
「わ、私もゆきちゃんがいてくれるだけで、すごく……」
 桜智にとって、ゆきは一言で言い表せる存在ではない。温かな感情の全てを司ると言っても過言でないほどに。
 ゆきの存在こそ、桜智の至高だ。神が下さった天女に、桜智は感謝した。


































06: 明るく照らしてくれて (柊千)

 憎いと思ったことは、全くなかったわけではありませんでした。
 貴女の存在が私を生かす……絶望を抱いて生きながらえよと申すのですから。あまりに残酷なことです。
 ……勿論、今はそんなことを考えてはいませんよ。貴女のおかげで今ここにあるのです。
 私にとって生とは既定伝承に沿うことでしかなく、分かりきった道筋を辿ることはつまらないものでした。
 そもそも本当の願いが潰えた私には生に希望など抱けなかったのです。
 ですが、絶望を与えたのが貴女ならば、希望を与えたのも貴女なのです。ただ道に沿うだけでなく、私に意思を与えてくれた。
 私が貴女を助けたというならば、それは違います。貴女が私を照らしてくれたのです。
 ですから、礼を口にするのは貴女ではありません。貴女が居るから、今、私がいるのです。


































07: 夢を見させてくれて (忍千)

 忍人が息を吸う度、ひゅーひゅーと苦しげになる。ああ。とうとう死ぬのか。と忍人は桜の花弁が降ってくるのを眺めながら思う。長いようで短いような人生だった、と振り返る。
 忍人の人生はまるで転がる石のようだった。加速し出したら止まらない。千尋に出会うまでの5年間は、過去に囚われるかのように戦ってきた。夢も希望もなく、他人に見せたことはないが、つらかったのだと思う。
 終わりのない絶望に終止符を打ってくれたのは千尋だった。そこからの時間はあまりに早く流れ、何度思い返しても愛しく、離れがたい。未練もあるが、けれど後悔はなかった。
 忍人にとって千尋とは愛しい存在であり、夢と希望を象徴する存在だ。
 内心諦めていた国の再建の夢を、もう一度見させてくれた。そして叶えてくれたのだ。
 ありがとう。
 その言葉さえも、もう忍人は千尋に届けることはできないけれど。


































08: はっきり教えてくれて (知望)

「お前と俺は……同類、だな……」
 そう笑った男の顔を望美は忘れられない。
 初めはこんな男と同類だなんて勘弁だと思った。何せこの男は最初の時空で、邸に火をかけた張本人である。人を殺すことは相変わらず嫌なことだし、同類である筈がない、と思っていた。はっきり言えば嫌いだと思った。
 だが、嫌いだと考えれば考える程、不思議なことにその人物に目がいくもので、望美は知盛に目を向けるようになる。相変わらず考え方、生き方に共感は出来ないし、理解も出来ない。そんな男と自分の共通点などないと思いたかったのだが、残念ながら気付いてしまった。所詮、知盛と望美の差は考え方の違いぐらいで、決定的に、そして根本が“同類”なのだ。
 望美は頭を抱えたくなったが、開き直ってしまったら、少しだけ生きやすくなった。
(そう考えれば、感謝してもいいのかな……)
 嫌だ、やりたくない、と思いながら、得たいものの為なら手段は選ばない。知盛が生きている実感という非常に共感しにくいものを欲しがっているだけで。望美は未来という一見すると輝かしいものを欲しがっているだけで。根本は大差ない。その為に人を殺すし、その為に大切な人にだって刃を向ける。
 大差ない。そう気付かせてくれた男に望美は心の中で感謝した。


































09: 好きになってくれて (祟ゆき)

 ゆきを好きだと口にする人は、ゆきが知る限りでもたくさんいた。鈍感なふりをしていたが、ゆきはそれを機敏に察している。いるからこそ、その好きの薄っぺらさを知っている。
 優しいゆきを皆が好く。争いを疎うゆきだからこそ、好意を抱く。
 本当のゆきはもっと汚い。皆に愛されたくて仕方ない弱虫で、可愛いふりしていい子なふりして、ただただ好意を手に入れる、偽善者だ。本当の自分を愛してほしいと思いながら、嫌われるのを知っているから優しい自分を通し続ける。そんな臆病な自分。最早本当のゆきはどこにあるのか、それはゆきにももう分からない。
「お姉ちゃん」
 祟はそんなゆきに気付いている。祟はゆきと同類で、それでいて自分というものを持っている。残忍な一面も惜しみなく晒す。そんな祟はゆきの一番傍にいてくれる。
「祟君はどうして傍にいてくれるの?」
 ゆきにはそれが理解出来ない。限りなく空っぽに近い自分を祟が飽いてしまうことは容易に想像出来るが。
「お姉ちゃんも物覚えが悪いなぁ。好きだからだよ」
 祟は悪戯に微笑む。最近は少しずつ瞬に似てきたが、瞬が見せる表情とは明らかに違う。そんなところがゆきはとても好きだと思った。
「どうして好きなの?」
 祟は本当のゆきを知っている。だからこそ、好きの理由が分からない。
「……お姉ちゃんの、そういう愚かしいところ、大好きだよ」
 それは褒めていないではないか、とゆきは思う。けれど、その答えが正解なのだろう。ゆきの本質を言うならば、それは愚かしいの一言に尽きる。少なくともゆきはそう思う。
「お姉ちゃんには難しいかもしれないな。でも、僕はお姉ちゃんのそういう頭の悪いところも好きだよ。……ね、お姉ちゃんが僕だけを見てくれるなら、もっと甘やかしてあげる。意地悪なんてしないよ?」
 意地悪は嫌だよね?
 祟はゆきの耳元でそう囁く。ゆきは頬が熱くなるのを感じ、素直に頷いた。
 祟はゆきをけなす言葉を口にし、そこを可愛い、愛しいと言う。ゆきには理解出来ないが、それに安心する自分がいる。誰よりも愛してくれていると思う。
「ありがとう、祟君。私も、祟君が大好きだよ」


































10: 幸せをいっぱい (忍千)

「知らなかったんですよ」
 好きな人が傍にいる幸せを。
 突然そう口にした千尋の顔を忍人は何を言っているのかと、主であり恋人の顔を見る。
「こんなにも幸せなことだなんて思いもしませんでした」
 忍人が傍にいる日常はとても満たされていて、何だか幸せで、欠けていた何かが満たされたような、そんな感じだ。
「……君は不思議なことを言うな」
 俺と傍に居て幸せだなんて。
 そう口にする忍人に、心外だと言わんばかりに頬を膨らませる。それを見て、忍人は顔を綻ばせる。
「だが、俺も同じ気持ちだ。君といると、とても満たされている」
 千尋はその言葉に頬が熱くなるのを感じた。そして言いたかった言葉を、この機を逃したら言いそびれそうな言葉を口にする。
「忍人さん。ありがとうございます。これからも傍にいて下さいね」
「ああ、俺も……ありがとう。君のおかげで、俺はこんなにも満たされている」



































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