第一話
――お前の願いは何だ?――
――力を求めるなら代わりに何を差し出す?――
その夜は常より蒸し暑く感じたのは祭りのせいだろうか。真夜中だというのに人は絶えることなく村を訪れ、各々行っていることに差はあれど、楽しそうに笑い合っている。そのような場に忍人は自国の姫と共にいた。
本来、このような場を忍人は訪れない。祭りの意義やそれらが人々に及ぼす影響は知ってはいるが、人々を囃し立てる何かを忍人は感じ取れていない。進んでやりたいとも来たいとも思わない。それでもここにいる理由は彼の主が祭りを見たいと願うからである。
「やっぱり、村のほうに来るとにぎやかですね」
そう口にした千尋は忍人の気持ちとは正反対に、この祭りに興味を持ち、楽しみにしている表情である。そんな千尋の表情を見ていると、胸が温かくなるのは不思議なことだが。
そもそもこの王族としての自覚がいまいち足りない姫は、供も付けずに祭りを見て回っていた。女性としての自覚も足りないのではないかと、色ごとに疎い忍人でも思う。仮に姫だと知られていなくとも、妙齢の女性が一人で夜中に外を彷徨くのは自殺行為に等しいことだ。賑わう祭りの夜だということを考慮しても危険であることに違いはない。千尋を村の外で見付けた時に、周囲に彼女の従者はおらず、千尋にとってはつまらないかもしれないが、忍人は彼女の供として祭りを見て回っている。
しかし、早々に忍人はとんでもないことになったと少しだけ後悔することになる。
祭りというものに全く参加したことがないわけではない。同門の仲間と半ば無理矢理ではあるが、共に出掛けたが、自分より年上とだった為か、見て回る速度を早いと思ったことはない。千尋のようにあちらこちらに目移りし、食べ物を食べるようなことは、忍人の認識からして考えられない。ましてや、千尋は女性なのだから尚更それほど食べ物が入るなどとは思いもよらなかったのだ。これに自分が付き合うことになるとは思わなかった。――決して嫌だと感じているわけではなく、どうすれば良いか分からないだけなのだが。
「そういえば、このお祭りは真夜中に一番にぎわうみたいですね」
こうやって見ると、千尋は普通の少女と変わらない。こんな少女の肩に国がかかっているなんて誰が思うだろう。
「ああ、その頃ちょうど中天に星が来るからな」
「星??」
「君は…もしかしてこの祭りの趣旨を知らないのか?」
「シャニに聞いたこと以外、特には…出雲の神様を祭る夏祭りなのかなって…違うんですか?」
祭りの趣旨も知らず、これで本当に王族なのだろうかと疑問に思うが、不思議と嫌な気分がしないのは、彼女が知らないことを素直に認め、知ろうとするからだろう。
「君の言うとおり、もとは豊作を祝い、神に祈る祭りなのだろうが、この時期に行われるならおそらくもう一つ別の意味がある。――見えるか?空に星の帯があるだろう。この時期、あの帯を挟んで明るい星がいくつかあるがそのうちの二つ、それが、男星と女星で普段は会うことも禁じられているのだそうだ。だが、この日だけは会うことを許されると」
「えっ、このお祭りって七夕だったんですか?」
「そんな名ではなかった気がするが…どうだっただろう。師君の元にあった古書も、俺は戦術書ばかり読んでいたからな」
自分の身になるものしか得ようとしてこなかった為か、女性を喜ばせる会話の一つもないことに忍人は生まれて初めて、少しだけ後悔した。柊や風早であればもっと話を膨らませることが出来るのかもしれない。祭りの名称くらいすぐに出てきただろう。知らないと言ってしまえば会話はそこで終わってしまう。ただでさえ取っ付きにくい自覚が忍人にはあるし、そんな自分と祭りを見て回ることになった千尋は気の毒としか言い様がないだろう。
しかし千尋は微笑む。こんな風に穏やかに育ったのは、やはり兄弟子の影響なのかもしれない。
「私がいた世界にも、よく似たお祭りがあるんです。七夕っていって、ちょうど夏にやるんですよ」
別の世界では七夕という祭りがあり、その際に短冊に願いごとを書き、笹に飾ったこと。それを千尋は懐かしげに、そして幸せそうに語る。おそらくそれだけ穏やかな生活が千尋にはあった。亡国の姫としては幸せすぎる生活かもしれない。今が王族としてあるべき姿なのだと忍人は思うのだが、心の片隅にもう一度この姫が穏やかに暮らせる日々が戻ることを祈っている自分がいたのも事実だ。しかし今すぐにというわけにもいかないのも現実で、その気持ちにはすぐに蓋をした。
「どこの世界にもまじないはあるんだな。笹につるすくらいで願いが叶うとはとうてい思えないが」
代わりに出てきた言葉は何より自分らしい言葉だ。これが忍人を表す、少し冷めた言葉だった。
「忍人さんはあまりそういうの好きじゃありませんか?願いごとを考えるのも結構楽しいですよ。今、自分が何をしたいのか改めて考える機会にもなりますし」
千尋は時に不思議な考えを持っているが、確かにこの流れの早い時の中で願いなど幾人が真剣に考えるだろう。
「短冊や笹は今はないけど、もしあったら…やっぱりみんなが元気でいられるように。戦うことも多いし怪我とかしないようにって書くだろうな」
実に千尋らしい意見だ。彼女は優しい。誰にでも手を差し伸べる姿勢が正しいと必ずしも言えないと忍人は考えているが、そんな千尋だからこそ期待をしているのだ。
「忍人さんだったら願いごと、何にしますか?」
「俺の………願い…?」
――お前の願いはなんだ――
――力を求めるなら代わりにお前は何をさしだす?――
「……っ…俺が…望んでいるのは…」
力が欲しかった。生き延びる為の力が。部下を失わずに済むだけの力が。だが、それは願いと言えるのか。
「忍人さん?大丈夫ですか?顔色、真っ青ですよ」
「ああ……いや、問題ない………少し、人ごみに当てられたようだ」
咄嗟に口にしたことが、これは真ではない。だが悟られるわけにはいかなかった。
「私が無理につれまわしたからですね。ごめんなさい。少しどこかで休みましょう」
「君のせいじゃない。気にしないでくれ。……ああ、近くにちょうど夕霧もいるようだ。このあたりでなら危険もあるまい。俺は失礼させてもらう」
忍人は半ば逃げるように立ち去ったが、それを自身で正しい振る舞いであるとは思っていない。だが、このままでは体調不良を必要以上に千尋に心配させてしまう。
破魂刀が蝕む己の身体。それに忍人は後悔したことはない。この刀があったからこそ、救われた命は己のものだけではない。だが、それが“願い”と呼べるものであるかは忍人には分からずにいた。
――お前の願いは――
それを忍人は持たない。漠然とした何かが心の中で曖昧に存在するだけだった。
あとがき
はい、長い描写をひたすら書きましたが、これは一話でありプロローグです。一話一話が今回は長いですよ!!
ていうか、いらない描写もあるんですよね…でも削れないという。
今回は忍人さんと千尋ちゃんはいっぱい絡みます!!なんか忍千書いてるのに、こう口にするのも変な話ですが。もう見えてない部分のラブラブ感というか、愛し合ってる感を書くのが好きなんですごめんなさいって感じですwww
ここまで読んで下さってありがとうございます。亀更新ですので待つ必要はありませんが、少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
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