第十話
























「……ここは……?」

 瞬は辺りを見回す。先程までゆきと祟が目の前に居たというのに、誰もいない。だが、ここが幕末を模したあの世界だということは情景からして見て分かる。
 瞬がまず向かったのは、ゆきの所だった。何かに吸い寄せられる前に、ゆきが言っていたことが本当であれば、ここは過去で、ゆきは命を削り、瞬をこの世界に戻したことになる。ゆきにあんな選択をさせてしまった自分を嫌悪し、そして会わずにはいられなかった。何を言ったら良いのか分からなかったが、瞬はゆきの所に向かった。

「ゆき!」
「瞬兄?どうかしたの?」
「ゆき……」

 瞬はゆきの肩を両手で握り、そして同時に罪悪感に蝕まれる。この細く、小さな肩に、大きなものを背負わせ、傷付けた。謝りたくても、今ここにいるゆきは何も知らない。取り返しがつかないのだと、瞬は後悔するしかなかった。

「……瞬兄……どうしたの?」

 ゆきが心配そうに、瞬の腕に触れる。ゆきの大きな瞳には、瞬の表情がありありと映っていた。感情を出さないようにしてきた瞬には、今まで有り得ないような、そんな顔だった。

「話して、瞬兄。何があったの?」
「…………」
「私、瞬兄に何かしたの?酷いことした?」
「いえ、違います。俺が……」

 酷いことをしたのは瞬だ。けれど、伝えるべきかは、瞬には分からない。

「言って、瞬兄。私、同じ間違いはしないよ?」
「間違ったのは俺です。貴女を犠牲にして、戻ってきてしまった」

 だが、懺悔せずにはいられなかった。許されなくても、言わずにはいられなかったのだ。

「俺は、貴女のおかげで、過去に戻ることが出来た。……貴女を犠牲にして……」
「犠牲になんかなっていないよ、瞬兄」

 後悔ばかりの瞬に、ゆきは微笑んでみせる。

「未来の私は、多分、瞬兄の為だけにそんなことをしたんじゃないよ。きっとつらそうな瞬兄を見ていたくなかったの……」
「ゆき……」
「でも、瞬兄がつらいところも見せてくれて嬉しかったと思うよ。それに……戻らなくちゃどうにもならない理由があったんでしょう?」
「……龍馬が……」
「それなら、今度こそ助けなきゃ。瞬兄なら出来るから、きっと私も瞬兄を戻したんだよ」
「……」
「私は皆を助けたいと思ってきたけど……瞬兄の幸せだって、私の願いだよ。だから、お願い、瞬兄……私のお願いを叶えて?」
「…………」
「私に何かしたって思うなら、龍馬さんを救って、瞬兄も幸せになって?そうじゃないと、未来の私がうかばれないもの」

 だから早く龍馬さんのところに行って。私の為を思うなら、尚更――。
 そう言って、ゆきは微笑む。汚れを知らぬ顔で、変わらぬ信頼を瞬に抱いたまま。
 瞬は言われるまま、龍馬のもとに走る。今がどこか、いつかなどは曖昧だが、何故か龍馬がいる場所は分かった。そして、急がなくてはならないと思う。本能的なものなのか、それとも血か、どちらにしても急いだ。

「龍馬……!」
「瞬?!どうしたんだ?こんな夜に……」
「刺客が来る。逃げるぞ」
「……今からか?」

 瞬の剣幕から、龍馬もただならぬ気配を察して、真剣な表情になる。

「ああ。恐らく、もうすぐ来る」
「分かった。こっちだ、瞬」

 瞬の言葉をあっさり信じた龍馬は、そのまま裏口を通り、夜に紛れて、別の宿屋に移動する。それは晋作が取っていた宿だった。

「どうした?」
「いや、何、刺客に追われてただけさ」
「……入れ」

 あっけらかんと龍馬は言ったが、それに何も言わずに入れる晋作もあっさりとしている。それだけ、日常と化していることなのだろう。瞬は改めて、龍馬の立場がいかに危険かを思い知る。

「一先ずはここなら安心だな。けど、二度は通用せんだろうな……」
「……刺客が来ることをよく信じたな」

 瞬ならば根拠がないことを基になど行動出来ないだろうから、そう言って連れ出すことは滅多とない。だからと言って、いい訳など用意していなかったのだが。

「瞬が言ったことなら、信じるさ。お前さんは根拠のないことを言わんからな。不確実なことを口に出すような男じゃないことは、これまでの付き合いで分かる」

 そこまで信頼出来るようなことを瞬はしてきたかと言われると、瞬は否と答えるだろう。龍馬の言う通り、不確実なことを言うことはなかった。だが、大事なことも言ってこなかった。それが信頼と言うべきかは瞬には言えない。

「俺が刺客のことを知っていたのは少し先の未来から来たからだ」
「……戻ってきたってことか?」
「ああ。ゆきを犠牲にして……」

 そのことが瞬には許せないし、許されたくないと思う。だが、だからこそ、瞬はこれ以上間違えない。

「お前はこれからも刺客に狙われる可能性がある」
「……そうだな。お前の言う通りだ」
「だが、俺達がいた世界ならば、命を狙われることはない。俺達が戻る時に、お前も一緒に来い」

 龍馬を助けなくては、繰り返しになる。ゆきが命を懸けて作り出した機会を逃すことは、瞬にとって最大の罰だ。

「確かに、あっちの世界にも興味がある。行きたいのもやまやまだが、こっちの世界の行く末が気になるのも確かだ……」

 龍馬は困った表情をしている。簡単に捨てられないからこそ、命を懸けて変えてきた世界を失えないのは当たり前のことだろう。
 分かるからこそ、この想いが瞬の願いが我が侭であることも知っている。

「……俺はお前を失いたくない」

 だが、この我が侭を譲るわけにはいかなかった。瞬にとってそれは、最大の願いの一つだから。

「お前が好きだから、失いたくない」

 ずっと言えなかった言葉、言えずに後悔していた言葉だ。今言うのは狡いのかもしれないが、機は今しかないと瞬は思った。
 龍馬は瞬に対してずっと伝えてきてくれた言葉を、瞬は静かに伝えた。

「だから、傍にいてほしい。一緒に来てほしい」

 拒否されることも勿論有り得ただろう。しかし、龍馬の答えは違った。
 両の腕を瞬に伸ばし、瞬を掻き抱く。

「……今、それを言うか、瞬」

 瞬から龍馬の表情は見えなかったが、おそらく苦笑いしているだろうことは分かった。

「瞬が初めて俺に言ってくれた願いだ。叶えてやりゃなあ、恋人として情けないな」
「……龍馬?」
「お前さんは我が侭を言わんし、他人優先だ。そんな瞬が俺にお願いをしてくれたんだ。叶えられるのも俺だけなら、叶えんわけにはいかん」
「本当に……いいのか?」

 瞬は自分で言っておきながら、龍馬に聞き返してしまう。大事なことを、瞬の為にと決断してしまっていいのか。それで後悔しないのかと疑問に思う。

「俺も瞬が好きだからな。そもそも、一緒にあっちの世界にはいたいと思ってたんだ。それがちっとばかり早くなるだけさ。未練もあるが……お前さんを悲しませる方がよっぽど未練がある」
「そんな理由で……」
「ああ。そんな理由だ。だが、俺にとっては立派な理由だ」

 その言葉がどれほど、瞬を温かくしたか、おそらく龍馬には分からないだろう。
 だが、これは間違いなく瞬が望んでいた“未来”であり、“幸せ”なのだ。

「あ、そうだ。さっき、好きだって言ってくれて、ありがとう、瞬。口に出してくれるのは初めてだな」

 龍馬は嬉しそうにそう言う。瞬の言葉でこんなにも喜んでいる。
 もっと早くに言えば良かった、と思うが、これからはそれを埋めるように瞬はこの言葉を口に出来るのだ。


































あとがき
 ちょっと不完全燃焼気味ですが、私が不完全燃焼でなかったことがないので仕方な(ry
 ゆきちゃんは個人的設定としては誰かが死ぬ度に命を削って時を戻していました。
 あと、龍馬さんは瞬兄の願いをずっと叶えてあげたいけど、明確なものは分からなかったと……そもそも瞬兄は我が侭言わない気がするので甘やかしたい人にとっては割と苦な人かとも思います。

 ですが、龍馬さんは多分、甘える人だと思います。甘えて、自然と瞬兄みたいな人を甘やかす結果をもたらすのだという私の龍瞬個人的。が、あまりいかされてなかった気がしてなりませんorz

 ていうか、全体的な反省点としては、削ってはならない部分の展開が早い点かなと思います。もっと色んな描写を作り込むべきですし、もっと入り込めるような作品を書きたいのです。そう、他サイトさんみたいな!!

 でも、自分的龍瞬を書けて良かったと思います。私の思い描いていた龍瞬の雰囲気はあまり出なかったかもしれませんが、こんな設定の話を書きたかったのです。だから、これから書く話もこの設定が基準となります(

 現代の甘い話も、両片思いの苦い話も、これからは気にせず書けます。という個人的喜びにうち震えている駄目な子です。本当に自己満足の域だなorz


 これからもストーリー性の需要については気にせず書きます。まぁ、リクエストとかあれば割と何でも聞きますが……無くてもエンドレス好き勝手書くので、覗いてやってもいいよって方は、これからもよろしくお願いします。

 ここまで読んで下さってありがとうございました!!



















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