第九話
























「……龍馬?」

 人の命とはこうも容易く溢れ落ちてしまうものなのだろうか。
 愛しい人の体温が失われていくのを、瞬は呆然と見ていた。





 ゆきが泣き出し、他の仲間達も涙ぐんでいるのを、瞬はただ無表情なまま見ていた。堪えている訳ではなく、ただ、自分でもどこに立っているのか分からなかった。酷く喉が渇いていた。
 龍馬が襲撃されたのは、世界を救ってから、ほんの数日経った日だった。その未来を瞬は見ることも無ければ、予想することさえ出来なかった。
 自身の力無さを責める気力さえ、瞬には残っていなかった。地に足が着いていないような感覚のまま、客観的にただ情景を見ていた。





 どれくらい時が過ぎたのか。随分と日にちが経った気もするし、もしかしたら半日も経っていないのかもしれない。瞬の中の時間はそれほどに曖昧であったし、瞬の名を呼ぶ声で漸く現実に引き戻されるまで、自分の与えられた部屋にいることに気付かなかった。それほどまでに瞬の中の現実は曖昧であった。

「瞬兄……」
「……ゆき」
「ご飯、食べないの?食欲がないなら、お水だけでも……」
「……そうですね。すみません、ゆき」

 守るべき少女にさえ心配させるようではいけない。そう思うのは最早条件反射に近いのだが、それを実行する気力が湧かないのだ。
 これ以上、どうしようもない。失った温かさは戻らないし、二度と話すこともない。そういえば一度も好きだと口にしたことがないと、今更ながらに思い出しても、それを伝えることは二度と出来ないのだ。
 こんなことならば、何度だって伝えておけば良かった。役目の為と、そう言い聞かせてきたが、それはあくまで瞬自身を守る為だ。決意が鈍るから、自分を思い出して悲しんでほしくないから、という口触りの良い言葉はあくまで主観の話であり、龍馬から見ればそんなことは関係なかった筈だ。言わなかったのは瞬の為で、龍馬の為ではなかった。こんなことならば何度でも言えば良かったと、今更悔やんでも、もう龍馬は戻らない。戻らないのだ。
 瞬は目頭が熱くなるのを感じた。自分が消える未来に怯えていた時でさえ、これほど抑えられない感情を感じたことはなかったというのに。それだけ大切だったと気付くにはあまりに遅すぎた。

「……瞬兄……」
「…っ…すみません、ゆき。すぐに行きますから」

 瞬は表情を隠すように、顔を片手で覆った。ゆきの前で泣く訳にはいかなかった。

「瞬兄、時を戻したら、龍馬さんを救えるかもしれない」

 ゆきは瞬が予想しなかった言葉を発した。いや、予想は出来ていたが、瞬が言わせたくなかった言葉だった。

「駄目です、ゆき!これ以上、貴女の命を削れば、貴女がどうなるか……!」
「でも、私は死ぬかどうかは分からない。龍馬さんが生きていてほしいのは私も同じで……」
「無駄だよ」

 ここに居る筈のない少年の声がして、二人は声のした、戸の方に顔を向ける。

「祟くん?!今までどこにいたの?!」

 ゆきが手を伸ばした時、間に合わなかった。それから詳細が分からなかったが、こちらの世界に来ているとは瞬もゆきも思わなかった。

「はぐれてただけだよ。それに神子の気を辿るだけなら、僕にだって出来る。合流するのも容易いよ」
「無事で良かった……でも、祟くん、さっきの無駄ってどういうこと?」
「そのままの意味だよ。彼を助けようとしても無理だよ。だって、そういう運命にあるんだ」
「運命……?」
「そう。暗殺されて死ぬ運命。お姉ちゃんも瞬兄も何度も助けてきたと思うけど、それでも今回みたいに間に合わなかった。天海も言ってた見落としてた点はここだよ」
「そんな……」

 祟が言うことをそのまま鵜呑みには出来ないが、龍馬が狙われる確率は、薩長同盟に携わり、幕府を倒す手助けをしていた帯刀や晋作を上回っているように瞬には思える。瞬が気付かなかっただけかもしれないし、二人より龍馬が見付かりやすく、また護衛などもいないせいかもしれない。だが、命に別状にあるような怪我をしたのは瞬が知る限り龍馬だけだ。運命かどうかは分からないが、龍馬が狙われやすく、また危ないことに違いはないのだ。

「…………龍馬さんが私達のいた世界に来れば助かるかもしれない」
「ゆき?」
「お姉ちゃん?」

 瞬と祟が聞き返したのはほぼ同時だった。

「もう一度やり直して、今度こそ助けて、龍馬さんを連れていけば、龍馬さんを救える」
「何馬鹿なことを言ってるの、お姉ちゃん。そんなことしたら今度こそお姉ちゃん、死んじゃうよ」
「祟の言う通りです。貴女まで失うようなことがあれば……」

 ゆきは瞬にとって、大切な存在だ。ずっと傍で守ってきた。生まれてからずっと、ゆきを中心に生きてきた瞬に、ゆきを失える筈がなかった。それを選択出来るわけがない。

「私が瞬兄の幸せを守るから」

 ずっと隠し持っていたのだろう。ゆきは手に持っていた砂時計を翳す。瞬が気付いた時には砂は新たに落ち始めていた。

「ゆき!待って下さい!これは……!」

 瞬は喪失の予感と共に何かに引き込まれるのを感じた。ゆきに手を伸ばしたが、それをゆきが取ることはなく、ただ彼女は微笑んでいるだけだった。


































あとがき
 超 展 開 ☆
 だと言うことはそれなりに理解をしております。ですが、これを知らないと結局ハピエンにはならないと思ったので、こんな展開です。そうですね、文章能力が著しく低いせいですね。すみません。
 残すところ、本編はあと一話です。ネタとしては一応この長編が前提になる短編がいくつか思い付いてはいますが、それなりにある一定期間内に龍瞬を更新するのはこれが最後だと思います。たぶん。たぶん。(大事なことなので二回言いましたw)

 あともう少しなので暫しお付き合い下さい。ここまで読んで下さってありがとうございます。



















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