第十一話















 千尋の視察に布都彦は護衛として付き従っていた。
 ここ八年、布都彦は一族の汚名を晴らす為にひたすらに国に尽くしてきた。未だ完全に晴らせたわけではないが、王族の護衛として加わることが出来るほどにはなった。
 戦が終わった後、千尋と言葉を交わす機会は減った。立場の違いの為、布都彦が遠慮しているというのもある。千尋が自分の言葉にどれほどの影響力があるのかを理解したというのもある。
 だが、それでも布都彦は千尋のことをずっと心配していた。年月が経つほど、王として振舞う千尋がとても危うく見えるようになった。まるで自分の心を殺すかのように王としての職務を続ける千尋を見ているのはつらかった。
 それも心のどこかできっと忍人が戻ってきさえすれば大丈夫なのではないかと思っていた。もしかしたらそう思おうとしていただけなのかもしれないが、布都彦はただ忍人が戻ってこないかと真剣に考えていた。そして千尋との婚儀の話を聞いて安心したのだ。漸く千尋が自分の幸せを掴めるのだと。
 布都彦は千尋を王として尊敬している。それは今も昔も変わらない。だが、昔の千尋の方が幸せそうに見える。どんなにつらい戦場においても、兵の死を嘆き、それでも慰めるために微笑む彼女は今よりも自然だった。王族らしくない振る舞いが多くても、布都彦にとってはそちらの方が良かった。千尋には幸せでいてほしかった。
 視察といっても、ずっと歩き通しなわけではない。王にも兵にも休憩は必要だ。時々足を止める。その時、布都彦は千尋と話す機会を見つけた。完全な二人きりなわけではないが、小声で話せば話の内容を聞かれることもないだろう。

 「・・・失礼ながら陛下。少しお話をよろしいでしょうか?」
 「・・・何?布都彦」

 近くに人がいることを千尋も知っているので、視線は合わせない。だが、声はいつもより柔らかく、親しみもこもっていた。

 「葛城殿・・・いえ、忍人殿は元気でしょうか?」
 「・・・うん。元気だと思うよ」
 「陛下は・・・忍人殿にあまり会われていないのですか?」
 「・・・あまり時間を取れなくて・・・」

 確かに千尋はあまり暇を取れる立場にいない。王としての職務に熱心に勤しんでいるなら尚更だ。
 だが、二人は夫婦なのだから、もう少しお互いのことを知っていてもいいように思う。少なくとも、八年前の二人ならばそうしていた筈だ。

 「大変失礼なことだと思いますが・・・」
 「・・・・・・」
 「陛下と忍人殿は余所余所しく見えます」

 布都彦は自分が告げたことが無礼にあたると知っていた。だが、余所余所しい二人を見たら、例え再び一族の名に汚名を着せることになったとしても、どうにかしたかった。

 「何故そのように余所余所しくなさるのですか?」
 「私が・・・臆病だからかな・・・」
 「臆病・・・?」
 「・・・忍人さんに嫌われているから・・・向き合うのが恐いだけ・・・だからだと思う・・・」
 「そんな・・・忍人殿が陛下のことを嫌っているなど・・・」
 「・・・布都彦は耐えられる・・・?今すぐ武官を辞めろって言われて・・・それが全てなのに・・・それを平然と奪われて・・・」
 「・・・・・・」

 忍人と布都彦は似ている部分があった。戦って居場所を得てきたこと。それは忍人にしても布都彦にしても、理由は違えど、生きることと戦うことがほぼ同義であることは同じだ。今は少し違うが、それでもあの頃の布都彦は忍人と背負っているものの重さは違っても、全てであることは同じだった。
 だから千尋が言わんとしていることも理解できる。生きる意味を奪われて平気でいられるのかということ。布都彦には平気とは言えなかった。今の布都彦ならばまだ耐えられる。しかし過去の自分ならどうか。戦が行われていて、一族の汚名も全く晴らせていないままで、それなのに全てを自分から唯一の居場所を奪われて、平気だとは言えない。
 だが、それでも千尋を嫌いになれるのだろうか。いや、忍人は千尋を嫌うことが出来るだろうか。布都彦は根拠はないが、それは違うと思った。

 「陛下・・・私は・・・」
 「無理な質問してごめんね、布都彦。別に気にしなくていいからね」

 そろそろ時間だと、千尋が話を切り上げる。その前に布都彦は千尋に言わなくてはいけないと思った。根拠はないけれど、それでも言わなくてはいけないと思ったのだ。

 「陛下・・・忍人殿は陛下のことを嫌ってなどいません」
 「布都彦・・・」
 「・・・うまくは言えませんが、私にはそうは思えません。きっと私も・・・陛下のことを嫌うことはなかったと思います・・・」

 布都彦は忍人ではない。全く同じ気持ちというわけではない。それでも布都彦は嫌わないと思った。千尋が優しいことを布都彦は知っている。兵の死に人知れず涙を流す彼女を知っている。その千尋がすることは必ずその優しさに起因するものだ。それなのに嫌いになれるわけがない。それは忍人だって分かっている筈だ。

 「・・・ありがとう、布都彦・・・布都彦はやっぱり優しいね・・・」

 千尋が浮かべた表情は普段の人形のような表情ではなく、泣きそうに歪めた微笑みで、布都彦は心が痛んだけれど、それでも普段の千尋よりずっといい気がした。



































あとがき
 布都彦と忍人さんは少しだけ似てるから、私としては布都彦に代弁してほしかった・・・というか裏テーマがオールキャラなので、布都彦から見た二人というのも書きたかったんですよね。
 ただちょっと二人がもどかしすぎる気もしますけどね。書いてる方が言うのもなんですけど。もっと爽やかにいこうぜ!みたいな。でも、私自身が爽やかなのってあんまり思いつかないから仕方ない気も・・・。
 でも、そろそろ仲直りさせてもいいかなと思います。だって二人は変わらない気持ちがあるんですから。揺るぎない気持ちがあるんですから。
 ここまで読んで下さってありがとうございます!













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