第十二話
「あー・・・久しぶりの橿原宮だぜ。姫さん、元気にしてっかなぁ?なあ、カリガネ」
「・・・会えば分かる」
「ま、そうだけどさ!そういやさ、忍人もいるらしいじゃねえか。ずっとあのままじゃねえかって不安に思ってたけどさ、これで姫さんも漸く幸せを掴めたんじゃねえか?」
戦が終わってすぐ、サザキは船を手に入れて、大陸へ出発した。そして念願の大陸発見を成し遂げたのである。
そして今は大陸との交易を生業としている。久々に橿原の近くまで来たので、千尋に会いに来たのだ。
日向の一族は中つ国の重臣たちに嫌われている。だから堂々と会いに行くことは出来ない。だが、サザキは海賊なのだからわざわざ正面から会いに行く必要はない。堂々と会うのが千尋にとって迷惑になるのであれば、隠れて会えばいい。どうせ千尋は普段から忙しいのだ。昼間に会うことは難しい。会えるとも思わない。確かに千尋は日の下にいる方が似合っているし、輝いて見えるとサザキも思っているが、それでも千尋が選んだ道を進んだ結果なら納得するしかない。
ただ今回は格別に楽しみだった。久しぶりに幸せそうな千尋に会えると、サザキは思っていた。中つ国の女王が結婚するという話はサザキの耳にも届いている。その相手が忍人だということも。
勿論、再会すればすぐに幸せになっていると思うほど、サザキは楽観的ではない。それでも近くに、傍にいられるということは様々な機会があるということだとも思う。
豊葦原はもうすぐ夏だ。地上は少し暑いが、この青い大空を飛んでいると涼しい。豊葦原は昔も今も変わらず豊かだ。
橿原宮もサザキにとっては最早勝手知ったる場所だ。何度も千尋に会いに行くうちに様々な抜け道を見つけた。警備が多少厳しくとも、サザキ達にとっては侵入することなど他愛のないことだ。
「おーい、姫さーん!」
今もサザキは千尋のことを「姫さん」と呼ぶ。女王となってはいても、サザキにとっては可愛い妹分のようなものだ。千尋もそれについて訂正を求めないので、サザキは直すつもりも予定もない。
「サザキ!カリガネも!豊葦原に戻ってきていたのね」
千尋は微笑んで二人を迎えた。その顔には少しだけ疲れが浮かんでいた。そのことにサザキもカリガネも気付いていた。
「姫さん、また無理してるんじゃないか?」
「そうかな・・・そんなに無理をしてるつもりはないんだけどな・・・」
「・・・顔色も良くない。ちゃんと食べているのか・・・?」
「最近蒸し暑いせいかあんまり・・・」
「それが良くねえんだよ!忍人だってそういう風に言わねえか?」
忍人の名前を聞いて、千尋はピクリと反応した。それをサザキは見逃さなかった。
「あのさ、姫さん・・・やっぱり忍人とは顔を合わせにくいのか?」
「・・・うん・・・そうだね・・・」
嫌われていると、疎まれていると、そう思っている人物と顔を合わせるのは誰だってつらい。好きな人なら尚更だ。平気でいられない。千尋がいるのはそういう状況だ。いつ心の決壊が崩れてしまうか分からないような、そんな状況なのだろう。
千尋も、本当は嫌わないでと言いたい。拒絶しないで。好きになって。そう言えたらどんなにいいか。だが、それを言うのはあまりに酷だ。厳しくて、でも本当は優しい忍人にどうしてそんなことが言えるだろうか。苦しめると分かっているのに、言える筈がない。
「姫さん」
千尋はハッとサザキの顔を見る。サザキは真剣な、でも優しい表情をしていた。千尋のことを見ていた。
「姫さんは忍人とちゃんと話したか?」
「・・・え?」
「姫さんが思うことも最もだと思うぜ?でもそりゃ姫さんがあくまで思ってることに過ぎないことだ。忍人が本当にそう思ってるかなんて、忍人にしか分からないだろう?」
「・・・・・・」
「俺が忍人だったら、最初は恨むかもしれねえけど、もう一度会えたんだ。それについては単純に嬉しいと思う。でも俺は忍人じゃないから、そうじゃないかもしれない。俺達は別々の人なんだから分からないさ」
布都彦も、嫌わないと言っていた。布都彦の言ったことは気休めのようなものだと千尋は思っていた。だが、布都彦ならそうしたという一つの可能性だったのだ。千尋が考える可能性だけが全てではない。きっと布都彦もそう言いたかったのだろう。
「確かに姫さんが思う通りならどうしようもないかもしれない。でももし逆だったらどうする?本当は姫さんと仲直りしたいって思ってても、姫さんがそんなんじゃ忍人だってなかなか言い出しにくいと思うぜ?あの口下手な忍人のことだ。うまく言えなくて困ってる・・・て、とこじゃねえか?」
忍人が千尋と仲直りしたいだんて思いもしなかった。有り得ないことだと思っていた。しかし、サザキや布都彦が言ったように、もし忍人が千尋を嫌ってなどいなくて仲直りしたいと思っていたなら、千尋がしている今の態度は間違っているのだ。忍人が話す言葉の先を聞くことも出来なかった。聞かずに遮ってきたようにも思う。
本当に忍人のことを想うなら忍人がどんな気持ちであれ、その気持ちを、言葉を受け止めなくてはいけない筈だ。千尋に伝えたい言葉があったなら、それを聞くべきだ。
「まあ、どんな姫さんだって俺達は姫さんの味方だからよ。姫さんがどんな態度で忍人と接したとしても、俺達は姫さんを軽蔑なんてしねえよ。なあ、カリガネ?」
「・・・ああ」
カリガネは千尋の手をとり、何かを渡す。それはカリガネが作ったお菓子だった。薄桃色の、桜の色をしたお菓子だ。
「疲れた時には甘い物がいい。あまり考えすぎるな」
「カリガネ・・・」
「君が過去にとった行動は・・・間違っていない。正しいと俺は思っている」
何故そう言い切れるのだろうと千尋は思う。忍人を苦しめたことに変わりはないのに何故そう言い切れるのかと。しかしカリガネの表情を見ていると不思議と反論をする気が起こらなかった。カリガネがとても切ない想いを秘めているように思えたから。
「じゃあ姫さん、あんまり長居も出来ねえから、もう行くぜ。今度は忍人とのガキでも見せてくれよ?」
「・・・元気で」
二人はそう言って、飛び去っていった。日向の一族らしく、風のようだと千尋は思う。
サザキが残した言葉、カリガネが残した言葉を噛み締めるように、千尋はカリガネから貰ったお菓子を口に含む。
「・・・甘い」
甘さが口いっぱいに広がって、それがあまりに優しすぎて、千尋は泣きたくなった。
あとがき
やっと続きを書きました。結局は削る方向で(笑)
私はサザキに姫さんと呼ばせたいみたいです。ええ、姫さん呼びが好きでした。
カリガネはやはり千尋ちゃんの選択は間違ってなかったって絶対言うと思うんですよ。カリガネだからこそそう言うのだと思います。他のキャラだと何だか気休めに聞こえますけど。カリガネだからこそ説得力があるのではないかなぁと思います。
さて、もうすぐ終わりますよ、これも!実は全14話で終わりそうです(汗) おかしいなぁ・・・削れていってる・・・。
ここまで読んで下さってありがとうございます!
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