第十三話















 サザキ達が帰った後、千尋は自室に帰り、ずっと考えていた。布都彦やサザキが言った言葉の意味、そして忍人のことを。
 嫌われていると思っていた。それが当然だと思っていた。しかし、忍人の口からは確かにそれを聞いていないのだ。八年前、あの別れの時の表情は確かに千尋に憤りを感じているようだったが、戻ってきた時の表情はどうだったか。困惑しているような、そんな表情をしていた気もするが、千尋はまともに忍人の表情を見れていない。だから、実際は彼がどう考え、何を想っているのかは分からないのだ。
 確認すべきと、分かっている。忍人が何を考えているのかを確認せずに行動をしてしまうのは、八年前と同様に傷付けてしまう結果になりかねない。聞いても同じ結果になるかもしれないが、それでもそれを怠るのは彼の望む国の王らしからない。分かっていて聞けないのは、単純に千尋が臆病だからだ。一歩先に踏み出したら、そこから崩れてしまいそうで恐いのだ。千尋にはもうこの道しか歩けないし、戻れない。だからこそ一歩踏み出すのが恐い。安全な道があるのではないかと臆病になる。
 昔の千尋はこんなに臆病ではなかった。間違っていても前に進めていた。何故歩けなくなったのか。その答えは簡単だ。年を重ねたからだ。様々な経験や痛みが千尋を動けなくする。柵のように、前に進むのを許さない。
 明日も朝は早いというのに、千尋は眠ることが出来なきずに、一人寝台に座っていた。こんなに静かな夜なのに、苦しくて眠れなかった。

「……千尋?」
「…っ…忍人さん?!」

 部屋の外から愛しい人の声が聞こえ、千尋は一瞬腰を浮かしたが、すぐに座り直した。こんな顔で会うことなど出来ない。きっと酷い顔をしているだろうから。

「まだ起きているのか?」
「……」
「……君と話がしたいんだ」
「……話…?」

千尋の素直な気持ちを言えば、話など聞きたくはなかった。平然と聞いている自信がない。年甲斐もなく泣き出してしまいそうで、それは千尋自身が許せなかった。

「このままで聞いてほしい」

 忍人の声が少し震えているような気がしたが、それは気のせいだろうか。どちらにしろ、千尋にとってはありがたいことだった。少なくとも表情は見えない。
 千尋は扉に近付き、忍人の気配を感じる。そう、本当は共に居たかったのだ。ずっと一緒に、傍に居たかった。後ろめたさはあったけれど、出来ることならずっと傍に。だから、彼が傍にいる気配が泣きたいくらい嬉しかった。

「……何から話したらいいんだろうな。君に言いたいことが、言わなければならないことがある」
「……」
「…八年前のあの日、君に破魂刀を捨てろと言われた日だ。あの日から、俺の時間は止まった。5年間、中つ国を取り戻す為に戦ってきた。それが俺の全てだったんだ。君に対して、怒りを覚えた。それは事実だった」

 言葉にされると、分かっていても、胸が苦しくて仕方がなかった。だが、その現実は受け止めねばならないことだと、千尋は何も言わなかった。

「君に『生きてほしい』と言われた時には、憎くも思った。その願いはあまりに残酷だったんだ。中つ国の為に剣を振るうことこそ、俺の生きる意味だった。その意味を失うことは死ねと言われていることと変わらないというのに、君はそんな俺に生きろと言った。それを受け入れるのには時間がかかった。
けれど、君が婚姻を結んだと聞いた春、漸く気付いたんだ。君が作った国の美しさを。それを見ることが出来たのは…君が生きろと言ってくれたから。そのことに漸く気付いた」

 あまりに時間がかかり過ぎた、と忍人が自嘲気味に笑ったことは扉越しにも分かった。

「…だが、それと同時に思った。君に俺はもう必要ない。俺がいなくとも、君は立派に王の職務をこなしているし、大丈夫なのだと思ったんだ」
「そんなこと…っ」

 忍人がいるからこそ、千尋は王となれたのだ。彼がいなければずっと、ただの少女のままだった。その覚悟をくれたのは間違いなく忍人だ。忍人が生きているこの国を平和にする為に、と。

「もし君に必要とされていないなら、会わない方がいいと思った。一度突き放した者に会いたいとは思わないだろうし、君に気まずい想いをさせるのも…いや、俺自身が気まずかったのかもしれない。だから、君との婚姻の話を聞いた時、正直、きつかった。君に合わせる顔がなかったから。
だが…遠夜が会いに来て、言ったんだ。君が俺に会いたいと思っていると」

 遠夜がそんなことをしていたなんて、千尋は思わなかったし、知らなかった。それを千尋は純粋に驚いていたし、それだけ心配させていたことを申し訳なく思った。

「もし、君が万に一つでも会いたいと思ってくれているなら…そう思うと、君に会いたくて仕方なくなった。君の笑った顔をもう一度見たいと。傍らでなくてもいい。会いたいのだと。…会ってはいけない気がしていたのに、都合が良い意見を聞いて、会いたくなるだなんて、まるで子どもみたいだな」

 それでも君に会いたかった。

 忍人は確かにそう言った。
 目頭が熱くなり、視界が霞んでくる。千尋は天を仰いだ。
 嫌われていると、ずっとそう思っていた。だから会いたくないと思われていて仕方ないと。

「…再会した君が笑っていなくて、驚いた。あんなに眩しかった笑顔が消えていたことこそ、会いたくなかったことを証明しているかのように思えた。だが…君の気持ちをはっきりとは聞いていない」
「私の…気持ち……」
「だが、その前に俺の気持ちを言おうと思う。君が望んでくれようとくれまいと関係ない。俺は君に会いたかった。……8年前からずっと。ずっと君を愛しく思っている。国の為ではなく、君の為に生きたいんだ。出来れば君の傍で、ずっと」



































あとがき
 更新が1年近く停滞してしまいましたが、漸く更新しましたすみません。
 本当はもっとうだうだを引っ張ってやろうかと思ったんですが、二人は賢い子なので、大事なことに早く気付いたようです。
 伝えなきゃ分かんないこともある、勝手に思い込んではいないかい?
 伝えることって大切なんです。それって怖いことで、気恥ずかしいことでもあるんですけど、でもそれで救われる人もいるし、漸く分かることもあるんです。人間が言葉を持つのは、大切だという言葉があるのはそういうことなのだと思います。
 次が最終です。まぁ、番外編も書くんですが。これ終われば、新しい話書ける!
 ……書いたとしてもやっぱり忍千でしょうけどwww
 ここまで読んで下さってありがとうございます。出来れば最後までお付き合い下さい。












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