第四話









 千尋の意思に反して、婚約の話は進んでいた。

「まさか貴女と同じ意見だとは思いませんでした」
「奇遇だねぇ、私もだよ。でも千尋があんな状態じゃ、この人選が妥当なとこだろ?」
「そうですね」

 千尋の婿候補を決めるのは主に中つ国の重臣達で、婿となる者として忍人の名を挙げた時、多少の批判もあった。一度女王自身が遠ざけた者をわざわざ婿にするなど有り得ないと。主に自分の族から出したいと願う者達からそのような意見が上がっていた。しかし、狭井君は国を更にまとめるためには王と不仲の族があってはならない、だからこそ忍人である必要があると主張した。表向きの理由はそうなっている。

「現在の陛下の政務に関しては何も問題ありません。何か問題があるとするならば後継ぎのことだけ。国のために働いて下さる姿勢は素晴らしいものです。しかし、あまりに熱心過ぎます。それが子を生すことに支障を来たしているなら尚更、改善せねばなりません。そうなると陛下の心を振り向かせることができる殿方を選ばねばならないでしょう。身分だけで選んでも前回と同じでは意味がありませんから。ならば彼の者が最適でしょう」

 狭井君は王族の婚姻に互いの気持ちなど関係ないと思っている。その意見は変わらない。そうは思うものの、千尋は仕事に打ち込み過ぎて子を生せない程に体調を崩している。多少、そのような浮ついた方面にも目を向けてもらわなくては後継ぎが出来ないどころか、このままでは長くは生きられない。未だに後継ぎがはっきりと決まっていない中、千尋に死なれては困るのだ。その為には、ただ高貴な血だけでなく、千尋が心を許せ、頼れる相手を・・・と考えたのだ。

「まあ、後継ぎの問題だけならまだ那岐もいる。別に千尋の子である必要もないだろう?」
「しかしそれでは多少の混乱を避けられません」
「その時はその時さ。私達が生きてる間ならどうにでもする。そうだろ?」

 狭井君は同意するかのように黙って目を閉じた。後継ぎは千尋の直系であってほしいとは思っている。彼女の今でも尊敬する先代女王の血を引く子どもを王にしたい。しかしそれが駄目ならば、那岐を王位に推すこともできるし、那岐の子を後継ぎにすれば良い。混乱を避けるためにあえて那岐に婚姻を結ばせていないのだ。那岐に力を付けさせ過ぎては千尋を王位から引きずり落とそうとする者は必ず現れるであろう。那岐にその気がなくても、十分に起こりうる事態だ。しかし、千尋に子が出来ないのであればいつでも、那岐に婚姻を結ばせる方向に持っていくことができる。中つ国を守るためならば、先代の子である千尋であっても除外する。狭井君はそういう考え方の持ち主だ。

「そんなことよりもだ。私はあの八年前の、あの誰もが明るい気持ちになれるような笑顔が見たいね。先代陛下の、若い頃そっくりなあの笑顔を・・・そう思わないかい?」
「・・・そうですね」

 今でも鮮明に思い出せる。とても、とても昔のことではあるけれども、中つ国が平和で戦の恐怖などなかった、若い頃のことを。先代女王がまだ王位に就いていなくて、純粋に笑っていたあの明るい笑顔を忘れることなどできない。狭井君はその笑顔が好きだったのだから。いつの間にか先代もそのような笑顔を無くして、女王として微笑む彼女を見る度、誇らしさを感じるのと同じくらい、寂しく感じていた。今でも思い出すのはあの笑顔だ。岩長姫も同じなのだろう。

「私は千尋にあんな顔のままいてほしくない。あの子には幸せになってほしいからね」

 千尋の幸せは忍人と共にあることだと岩長姫は確信している。どちらも不器用で、そう簡単に幸せは手に入らないのだろうけれど、それでも信じているのだ。彼らならばきっとうまくいくと。









「これが最後の大仕事であってほしいね。私は早く楽隠居したいんだよ。私の馬鹿弟子がしっかりやってくれないと困るんだけどねぇ」


「その通りですね。私も長く中つ国の政治に関わり過ぎては、今後のためになりませんから。心配事は少しでも少なくては困ります」




















あとがき
 今回短いです。でも区切りやすいので切ります。
 本当は中つ国先代女王の設定というかストーリーを既に自分の中で作ってあります。でも捏造っぷりが酷い上に書き切れる自信がありません。でも書きたいなあ。
 私の中の狭井君は中つ国のためなら何でもしますけれど、人間らしい感情を完全に排除した人ではないと思ってます。同情もするし、乙女心も十分に理解してる人です。ただ根底に中つ国という揺るがない基盤があるので融通は全くききません。岩長姫はすごく千尋を娘か孫のように見てます。まあ、二人とも千尋の気持ちを分かってるんだよってことです。
 次からは忍人さんのターンですよ!やっとね!わくわくしてる反面、好き過ぎて書くの少し躊躇いあります。自分の予想通りには動いてくれないものですからね、私の能力上特に。
 とりあえず次も頑張って書くので読んで下さると嬉しいです。












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