第六話
忍人との結婚の話、もう既に決まっているも同然だということを理解しながらも、千尋はどうしても納得出来なかった。
「狭井君、忍人さんだけは嫌です。他の人なら誰でもいいわ。だから・・・」
「陛下、もう決まったことです。中つ国にとっても葛城忍人殿との婚姻は有益です。彼の者が優秀であるということは知っているでしょう?不仲な族が国内にいるということは、争いの火種になりかねません。だからこそ忍人殿である必要があるのです」
「・・・・・・」
「よくお考え下さい」
何度考えろと言われても千尋の答えは変わらない。忍人を不幸にするようなことは避けたいのだ。
中つ国のため、様々なものを犠牲にしてきた。亡き夫もそうであり、那岐や風早だってそうだ。彼らにはもっと違う幸せもあっただろうに自分の身勝手でこの地に縛り付けている。有能な彼らを国の為、手放すわけにはいかなかった。
仲間でさえも多くの犠牲を強いてきたのだが、忍人だけは巻き込みたくない。これは願いだった。
忍人は誠実だから、中つ国の臣民として従うだろう。例え千尋に忠誠を誓えなくとも、彼は中つ国の民。その意味を重々理解している。でもそれは千尋個人がたえられない。王としては誰かを利用することも必要だと知っていても、これだけは肯定出来なかった。
部屋で一人きりで考えていると、外から少しだけ音が聞こえた。それは昔聞いたことがある声だ。
「黒麒麟・・・?貴方、どうしてここに・・・」
神秘的な声で鳴く。言葉として伝わってこないが、神聖な生き物である黒麒麟が従う人物など千尋は一人しか知らない。
「アシュヴィンが来ているのね。だから呼びに来たの?」
まるで背に乗れと言わんばかりに黒麒麟は千尋のもとに近付いてくる。このまま黒麒麟がいれば侍女達が驚いてしまうし、下手をすればアシュヴィン自ら来ることになるかもしれない。未亡人とは言え千尋は夫を持たない女性である。妙な噂でも立てば双方の不利益にしかならない。特に千尋にとっては大いに問題になる。ならば少しだけ出て、用件をすぐに済ませてしまう方が得策と判断して、黒麒麟に乗せてもらうことにした。
常世へと続く、黄泉比良坂の手前にアシュヴィンはいた。
「久しぶりだな。龍の姫」
「アシュヴィン・・・何か用なの?」
「つれないな。久しぶりの再会だというのに」
「元気そうなのは何よりだけど・・・ただ会いに来たというわけではないんでしょう?」
決してアシュヴィンと個人的な付き合いが全くないというわけではないが、こんな風に呼び出されることは本当に珍しい。互いに王となれば尚更個人的な付き合いは制限されてしまうし、それを互いに理解しているから、だからこそ千尋には不思議でならなかったのだ。
「そうだな。平和になったとは言え、俺もお前も忙しい身であることに変わりはない。何、大した用件ではない。葛城との婚姻が決まったそうじゃないか。おめでとう。それを言いに来たんだ」
「・・・まだ決まったわけじゃないわ」
「だが、もう断れないだろう?葛城の立場もあるのだから」
アシュヴィンが暗に伝えているのは、忍人の外面的立場の問題のことだ。八年前、千尋が忍人を将軍職から解任したことによって、表向きにはもう政治の場に出ることは出来ない。能力が高いことが幸いして、どうにか葛城の地にいることができるのだ。
もし、ここで千尋が断ってしまえばどうなるだろう。
「俺が一族の長ならば、王から疎まれている者を置いておくのはどうかと考えるがな。最悪、その地から出て行ってもらうことになる」
「っ!」
「葛城の体調だっていつまた崩れるか分からないだろう。八年前、あそこまで弱っていたのだからな。それならば王のもとで保護する方が良いのではないのか?」
アシュヴィンは千尋の忍人を守ろうとする気持ちはよく理解出来た。同じ行動をとることは出来なかっただろうが、同じ立場であればその選択肢も考えただろう。その千尋が忍人との婚姻を認めないということはアシュヴィンには理解出来ないことだった。
「葛城と顔を合わせにくいのも分かるが・・・葛城を守れるのはお前だけだろう?」
「・・・でも!もし、忍人さんが私と結婚するより死んだ方がマシだって思ってたら?!死ぬより辛い苦痛を与えるなんて・・・もう私には出来ない!」
忍人を結果的に苦しめてしまったこと・・・それが千尋の決断を鈍らせる。忍人を守りたいと願っているのに、それが忍人を苦しめるということが恐いのだ。
「何をそんなに恐れている?これ以上、この件から逃げたところで状況は変わるまい?」
「・・・逃・・・げる・・・?」
「そうだろう?お前の行動は逃げているようにしか見えんがな」
「別に逃げてなんて・・・」
「逃げていないというのであれば、何故葛城が不利になるようなことをする?お前が必要以上に自分の身を削って、早急に中つ国を立て直したのは何のためだ?」
「・・・私は・・・」
どんなことをしてでも忍人を守りたいと思った千尋の気持ちは今も変わらずに存在する。どんなことをしてでも死なせたくない。
王としても受け入れるべきだと分かっている。
それでもどうしてこんなにも恐れているのか・・・。
「・・・恐いの・・・」
忍人に会うのが恐いのだ。
「冷たい目で見られるのが・・・恐いの」
忍人に嫌われていると思い知るのが恐い。それだけのことをしたと分かっているのに、それを思い知るのが恐いのだ。
今更、自分勝手なことと言われるかもしれない。しかし、あの群青の瞳が冷たく千尋を見たら、きっと耐えられないだろう。千尋を支えているものが全て壊れてしまう気がした。
「・・・いずれは向き合うことになるんだ。いつまでもこのままでは、お前も進めまい?」
「・・・でも・・・」
「千尋」
アシュヴィンが千尋の名前を呼ぶ。八年前以来のことで、千尋はハッとしてアシュヴィンを見つめる。
「俺はお前を気に入っている。葛城さえいなければ、俺が妻問いしているところだったんだがな」
「アシュヴィン・・・」
「王族の婚姻に気持ちなど関係ない。だが、千尋、お前は別だ。・・・お前の前の夫と同じような関係になるつもりはない」
「・・・・・・」
「どうするかはお前の自由だ。葛城を守るのか、更にみじめな立場に追いやって保身に逃げるのか・・・」
本心から言えば逃げたい。しかし忍人の立場を考えれば、そうはいかなかった。
女王に疎まれていて、居場所があるとは思えない。周りから憐れみや嘲りを受けるだろう。更にみじめな立場に追いやられるかもしれない。忍人ほど生まれにも才能にも恵まれた優秀な人が、そのような目に逢うなどどれだけ悔しいことか。それだけでは済まされないかもしれないのだ。
ならば、千尋がとる答えは一つしかない。
「私は忍人さんを守る選択肢をとる。・・・どんなに辛くても、忍人さんを苦しめる結果になっても・・・私は忍人さんを失えない。私がここにいる意味は忍人さんを守る為だもの」
守れるのが千尋しかいないのならば、千尋は何度でも同じ選択をするだろう。
「そう言うと思ったんだ。王族としてどうかと思うが、葛城を選ぶのがお前だとな」
「・・・」
「葛城がどう思っているかなど俺の知るところではないがな」
忍人がどう思っているかなど、千尋にも知ることは出来ない。少なくとも、千尋との婚姻を喜んではくれないだろう。
守る為にもう一度、忍人の気持ちを無視することになる。そのことに心は痛むが、例えどんなに傷つけても、壊れそうになっても、千尋には守りたい者があるのだ。
願いを叶える為、千尋はもう一度残忍になる覚悟を決めたのだ。
あとがき
久々にPCで打ち込むとかなり長いことに漸く気がついた私。・・・あれ、おかしいな、こんなにしんどかったっけ?
それだけ私がPCから離れてたってことでしょうかorz
私の中のアシュヴィンは千尋ちゃん一筋なのです。実は最初に書き始めた時はアシュがいい男過ぎて、「あれ、このままじゃアシュ千に・・・」という事態になりかねなかったので、アシュのかっこいい部分は大幅カットです。ごめんね、アシュヴィン。
とりあえずまだまだ書きます。書き貯めたものを吐き出す時が漸く来たので(紙に書いてるのがネックですが)
次は遠夜のターンです。書けるだけ書きます。ストックは10話まであります(ストックし過ぎ)
ここまで読んで下さってありがとうございます!
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