第八話













 忍人が橿原宮に戻ってきたのは中つ国が滅んでから十三年も経っていた。それだけ時を経れば内部構造を忘れているかと思っていたが、不思議と覚えているものだと忍人は思う。多少、変わったところはあるものの、記憶に残る橿原宮と変わらない。
 ふと滅ぶ前の、幼い頃に過ごした記憶が蘇る。あれはおそらく忍人が過ごしてきた人生の中で一番穏やかな時だった。風早や柊、今はもういない羽張彦と共にいた、あの日々が懐かしい。
 しかし懐かしいと思いこそすれ、戻りたいと思うことはもうなかった。国が滅んですぐは何度も思い出したことか。戻れないと、そんなことを思い出している暇などないのだと知りながらも、思い出さずにはいられなかった日々を過ごしていた。しかし今ではそう思うこともない。
 そんな不思議な気持ちで橿原宮を仰ぎ見る。
 婚儀の日も近付き、忍人は橿原宮に入ることになった。それが今日のことだ。
 桜も満開の時期を過ぎ、ところどころ新緑が覗き出ている。

 千尋に会いたいと思う気持ちはもちろんあるものの、それでも緊張はする。遠夜の言葉が嘘だとは思っていない。だが、千尋の本当の気持ちを耳にするまでは確信など持てる筈もない。忍人自身、覚悟をしてここまで来たものの、面と向かって拒絶されるのが平気な人間など、まして好きな相手なら尚更、平然と振る舞う自信などあるわけがない。

 会いたいが、会うのが恐いというのも事実だった。

 自分の部屋として与えられた場所に案内され、そこに現れたのが柊だった。

「柊・・・」
「私が、執務についてご説明しましょう」

 わざとらしいくらい恭しく言ったその男は、八年前とあまり変わっていなかった。

「お久しぶりですね、忍人」
「・・・そうだな」
「随分と遅い帰還で」

 忍人は眉をひそめる。柊の、こういうはっきりと言わない皮肉が忍人は昔から嫌いだった。年齢を重ね、その意味を大分汲めるようになってから、尚更それが気に食わない。

「・・・帰りようがないだろう。俺はもう、何の身分もない。ただの葛城の族の者だ」
「そうですね。ですが・・・会おうと思えば会えたでしょう?貴方の為に動いてくれる者は、幸いなことにたくさんいた筈ですから」
「・・・・・・」

 忍人は柊が言わんとしていることが何となくだが、分かっていた。

 どうしてもっと早く千尋に会いに来なかったのかと。

 柊はそう忍人を責めているのだ。
 確かに千尋が会いたいと望んでいたならば、忍人はもっと早く会いに来るべきだっただろう。
 しかし、本当に千尋が会いたいと思っているかなど忍人には知る由もなかった。否、遠夜に言われるまでは必要とされていないとさえ思っていたのだ。会いに行ける筈がない。

「千尋が会いたくないのならば・・・会いに行ける筈がないだろう」
「・・・全く、貴方がこれほど臆病者だとは知りませんでしたよ」
「何だと?」
「せいぜい我が君を傷付けるようなことはしないでいただきたいですね。貴方の臆病のせいで追い詰めるようなことはないように」

 柊はこれ以上忍人に物を言わせぬ雰囲気を持っていた。それが千尋を大切に想う気持ちから来ていることくらい忍人だって分かっている。
 だが、大切に想っているのは忍人も同じだ。傷付けるようなことなどしたくないと思っている。

「・・・尽力はする。だが千尋が俺をどう思っているかは分からない。必要ないと思っているのなら、俺にはどうしようもない」
「それは我が君に聞いてみないと分からないことでしょう。初めから決めつけるのは貴方の悪い癖のようなものですね」
「・・・お前は千尋の気持ちを知っているのか?」
「さあ?それは自分で聞いてみてはどうですか?私のような者に聞かなくとも、貴方には聞く時間がこれからたくさん用意されているのですから」
「・・・・・・」
「では、政務の説明をしますよ。尤も・・・貴方ならば大抵のことはご存知でしょうけれど」
「・・・ああ」

 これ以上、柊に聞いたところで何も答えてはくれないだろう。昔からそうだ、この男は。聞いても答えないことは意地でも答えない。言った言葉以上の情報など汲みとりにくい言葉でしか言わない。それを分かっているから、忍人ももう何も言わなかった。

 そしてその日は政務の説明を受け、次の日千尋との謁見があった。

 忍人は表情を失った。

 そこには立派な女王となった千尋がいた。気品溢れる女王。中つ国の王として申し分ない姿だ。

 しかし忍人が想像していた千尋と・・・記憶の中にある千尋の姿と明らかに違っていた。

 戦で駆け回っていた頃は、外に出ているせいか健康的な肌の色をしていたし、活き活きと表情を変える千尋の姿があったのに、今はどうだろう。政務に明け暮れているせいなのか肌は病的に白く、線も細くなった気がする。






 何より、忍人が見たいと望んでいたあの笑顔が、誰にでもあの優しい笑顔を向けていた千尋が、どこにも見当たらなかったのだ。




































あとがき
 やっと忍人さんと千尋ちゃんの再会ですよ。本当に長かったですね(他人事) でもまだ会話さえ交わしてないという現状。つ、次は会話しますよ(汗)
 まだ書いてる本人も大人とは言えないので何とも言い難いですが、大人になるって臆病になるっていうことなのかな・・・と。やっぱり恐いものは恐いですよ。嫌われることとか、若い頃にはあまり考えなかったようなことを考え出した・・・ということにしておいて下さい。
 基本的に私が弱い描写を書きたかっただけとか・・・ね!そんなことはないですよ!(汗)
 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 次はえらく短いです。ていうより・・・うん、どうしたら良いのか迷う描写を書かなくては・・・うん。










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