第九話








 忍人は千尋の表情が失せてしまっていることに愕然としていた。
 千尋は立派な女王になった。それは忍人も噂に聞いていたことだ。
 そして千尋が忍人に会いたくないというのも・・・何となくではあるが予測はついていた。
 だが、忍人の想像する千尋はいつだって笑っていた。誰にでもわけ隔てなく、王族らしくはなかったけれど、誰もが安心するような笑みを浮かべていた。それは何年経っても変わらない、忍人のイメージする千尋の姿だ。
 笑顔を見せないのは自分がいるからだと忍人は思った。だが、そんな千尋を見ても誰も何も疑問を抱いているようではなかった。ということは、千尋はいつもこうだということなのだろう。
 自分が奪ってしまったのだと、忍人は思う。優しい彼女に非情な決断をさせたのは忍人自身だ。
 だからこそ取り戻さなくてはならない。
 ここに来る前までの忍人ならば離れようと思ったかもしれない。しかし、今はそんなことは無責任なことは出来ない。
 忍人自身がどうにかするしかないのだ。
 具体的にどうしたらいいのかは分からないが、千尋と話してみるしかない。忍人はそう決意した。








 しかし、婚儀の日に、千尋とそういう会話ができなかった。そのような機会はあまりに少ない。
 だが、夜には二人きりだ。話す機会は全くないわけではない。そう思ったが、忍人には会話のきっかけが思いつかなかった。
 どうして笑わなくなったのか。
 俺の前だけなのか。
 聞きたいことはたくさんあった。が、口下手な忍人にはどう切り出していいか分からないし、いきなりそう切り出せる程、精神的に図太くはなかった。それこそ八年前ならば出来たかもしれないが、忍人の言葉が千尋を傷付けることがあるのだと今は知っている。聞けなかった。

 「・・・久しぶりだな」

 二人きりになって漸く出たのが、この言葉だった。言いたいことはたくさんあるというのに、喉につっかえたまま出てこない。

 「そうですね。八年ぶりですから」

 こうやって話すのは本当に久しぶりなのだ。忍人は昨日のことのように八年前のことを覚えているけれど。しかしあの時よりも空気が重く感じた。
 千尋の表情は堅いままだった。
 忍人も何を言うべきか考え込んでしまった。
 沈黙が続く。
 褥の上、薄暗く、互いに正確な表情は読み取りにくい。

 「・・・忍人さん・・・」

 最初に沈黙を破ったのは千尋の方だった。
 忍人は思考を現実に戻し、千尋の方に視線を向ける。千尋は自分の着物に手をかけた。

 「なっ・・・何をしているんだ、君は!!」
 「何って・・・この状況でしなくてはいけないことは一つでしょう?」

 千尋が言わんとしていることは分かる。だが、忍人はそれをしようと思っていなかった。
 義務だと分かっていても、想いを寄せる人と義務でしたいとは思えない。何よりも大事な存在だと思っているなら尚更だ。国を優先してきた忍人は八年前に置いてきた。だから今は中つ国の行方よりも千尋の方が大事だった。汚すような真似はしたくない。
 しかし千尋はそんな忍人のことを見抜いているかのように追い打ちをかける。

 「忍人さん、私は王です。子を残すのも義務なんです」
 「・・・それは分かっている」
 「じゃあ納得して下さい。私を抱くのは嫌かもしれませんけど、私にはそれをする義務があります。忍人さんだって、王の伴侶になると覚悟して来たんでしょう?」
 「・・・・・・」
 「何も遠慮する必要はありません。私はもう生娘ではありませんし、こんなことは前の人ともしてきたんですから」
 「千尋・・・!」






 何一つ分からないまま、忍人は流されてしまった。

 どこかでショックだったのだ。千尋が一度違う誰かと結婚していたこと。



 だからと言って流されていいわけではない。忍人は自分の弱さを呪った。

































あとがき
 更新したと思ったら、何という鬱展開やってんだお前は、と突っ込まれそうです(汗) 作者が鬱展開好きだから仕方ないね(開き直り)
 あれです、多分読者の方も二人がとってしまった行動は分からないと思いますが、それは二人が等身大の生身の人間だからこそ、簡単に物事を運べないということなんです。
 人間はつい間違いを犯してしまうものだし、気をつけようと思ってもまた間違えたり、逆に大事な時に動けなかったりするものです。でもだからと言って、諦めたらそこでお終いなんですけど。
 そんなことを伝えようとしたかった・・・のだと思います。
 ここまで読んで下さってありがとうございます!














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