第三話
























 瞬は自分に覆い被さる男を見る。熱に浮かされ、真剣に自分だけを見詰める瞳に、吐き出す息も震えてしまう。
 感情を抑えることに徹底してきたことを瞬はこの時感謝した。表情には出ていないが、心臓の音はうるさいし、思考がまとまらない。何が起こっているのか、順を追って事の次第を思い出す。





 まず、龍馬が瞬の部屋に訪れた。最近は頻繁にあることで、最初は必要以上に冷たくあたっていたものの、慣れてきて、普通に会話はできていたと思う。他人から見てどうかは知らないが、質問されれば答える程度はしていた。
 そう、ゆきが悲しまないように。仲が悪いことにゆきが必要以上に気に病ませるのは瞬の望むところではない。また八葉同士、絆を深め、危機を乗り越えたという文献も確かに存在する。星の一族の役目が神子の補助にあるのなら、八葉同士がいがみ合うのを避けるのも星の一族の役目。それを瞬が妨げるようなことは本末転倒なことで、星の一族として、八葉としての役目だと自分を誤魔化し、瞬はあくまで皆と同じ距離を保ち続けた。
 夜中に訪れたところで、距離を縮めさせなければ良いことだ。あくまで仲間との距離として、どこまでが目的を同じくする仲間でいられるか、模索しながら距離は保ってきたように思う。そこまで考えたが、ここまでで思い当たる節はない。
 更に思考を掘り下げてみる。

「瞬っ」

 その日も龍馬は人好きのする笑顔で部屋に入ってきた。歓迎をするつもりはないので、瞬は敢えて座布団等は寄越さない。そして、龍馬は気にすることなく、自分で座布団を出し、その上に座る。

「今日も書を読んでいるのかい?相変わらず熱心だな」

 熱心なのは、こんな面白味もない男のもとに、懲りずに訪れるお前だ、と瞬は内心呟いたが、それを口にも表情にも出すことはない。

「今日は何を読んでるんだ?」

 龍馬は興味深そうに尋ねる。瞬が持っている書物がこの世界のものでないことくらいは、表装から見ても分かることで、龍馬にとっては好奇心をくすぐるものだ。

「医学書だ」

 八葉達は怨霊相手に生傷が絶えない。気にする必要もない傷もあれば、気になるものもある。裂傷など菌が入りやすいもの、或いは毒などに対処するには知識が必要だ。対処の方法は多岐に渡るので、何度も見返し、忘れぬようにしている。

「瞬がいてくれるおかげで、怪我をしても悪化せんで済む。まぁ、怪我をしないのが一番だがな」
「……その通りだ」

 龍馬は武器が銃であることもあって、普段の戦闘では殆ど怪我はない。前線に出る必要もなく、また剣術の心得もあるからか、身のこなしも軽い。だが危険なのはそこではなく、龍馬がお尋ね者だという点だ。
 瞬はゆきほど平和主義ではないので、命を大事にと殊更に主張するつもりはない。ゆきの為なら自分の手を汚すことに躊躇いはないだろう。多少罪悪感があっても、ゆきを失う苦しみやリスクに比べれば安堵の方が勝るだろう。
 だが、この世界の者は必要以上に刀を抜く。それが常識と化してることも理解しているが、短絡的であると思うのは瞬が現代で長く生活してきたが故だろう。

「この国には命を大事にしないもんが多すぎる。他人だけでなく、自分のもな」
「………」

 それについて瞬は否定はしない。別に誰が死んでも悲しみを抱くほど瞬は博愛主義ではないが、目の前の死を不快に思わないほど壊れているわけでもない。
 しかし、命を賭してでも成したいことがあるという点では瞬もこの時代の者と変わらないだろう。死に不快感を示しはしても、止められる権利は瞬にはない。

「……腕の怪我、大丈夫かい?」

 数日前、瞬は確かに怪我をした。怨霊と刃を交える以上は怪我は避けられない事態だ。いくらフェンシングをやってきたとしても、真剣での実践の経験がこちらの世界に来てからの瞬が、怪我をせずにいられる方が無理がある。だが、ゆきに心配をかけたくない瞬は、自分の怪我が何ともないように振る舞う。
 実際にそう酷い傷ではない。出血も一日もすれば止まっていたし、傷口に菌が入らないように処置も施した。ゆきに気付かれないように、事が落ち着き、誰にも築かれない時にだが。 勿論、ゆき以外ならば気付く人物もいるだろうが、殆どの者が口を出してはこない。瞬が表情に出さないからか、気になりはするみたいだが、心配する声は殆ど上がらない。帯刀が時々「あまり無茶をするともたないよ」程度は口にしてくるものの、瞬も今倒れてはいけないことくらい分かっているので、本当に無理だと思えば弁えるし、帯刀もそのことを理解しているのでそれ以上は言わない。目の前の男を除けば、傷のことを口に出して心配してくることはない。

「大した怪我ではない」

 この程度の怪我ならば八葉の誰もがしといるものだ。だからこそ誰も気に留めない。

「確かに怪我自体は大したことはない。だが、お前はいつも顔に出さんから、悪化してないか心配になる」

 瞬はいつも自分が二の次だから、と龍馬は続ける。
 心配されることが嬉しいと思うのは確かだが、同時に干渉されることは瞬に少しの恐怖を抱かせる。だからわざと冷たい言葉を紡ぎ、距離を保つ。消え逝く恐怖を共感したくも、同情されたくもない。

「俺はゆきの八葉だ。ゆきを優先するのは当然のことだ」
「確かにお嬢は守らなくちゃいけねえ。お嬢は俺たちのように丈夫にはできてないからな。でも、瞬、それが自分を二の次にする理由にはならないぜ」

 龍馬は共感した上で、理由にならないと言うが、その意味が瞬には分からない。自分をないがしろにしているつもりはないが、瞬にとって自分の命は軽いものだ。ゆきが何より大事で、他にもいくつか大事なものはあるが、それに比べれば瞬の命など軽い。
 ゆきと瞬を同等に比べる者からすれば、それは間違いかもしれないが、ゆきを守るべきだと言う者は瞬の考えは否定しないだろう。だからこそ龍馬の言い分を理解できない。いや、理解ができないわけではなく、しようとしないというのが正しい。瞬は自分の恐怖を抑える為に無意識に理解しないようにしていた。

「そりゃ、男と女だから女を優先すんのは当たり前だし、自分より大事なもんがあるのも分かる。だが、同じくらい自分を大事にしてくれ。お前さんを大事に考えてる奴もいるんだ。お嬢だってお前に何かあれば悲しむ」

 龍馬は真剣な表情で言う。それに瞬は真っ直ぐ返すことが出来ず、視線を逸らす。
 世界が救われれば、瞬の存在は消える。誰も覚えてなどいない。ゆきの幸せを願えば、瞬の未来はない。自分の未来よりもゆきの幸せを優先し、それを叶えれば今の瞬の気持ちも、何もかも、消える。瞬を心配する気持ちも、瞬のことで悲しむ気持ちも全て消えるのだから、結果誰も苦しくない。相手を思い、傷付く気持ちは理解できるが、瞬の場合は当てはまらない。そう考えているからこそ、龍馬の言葉は受け入れられない。受け入れた時、瞬は自分を捨てられなくなる。その先が意味することも分かっていて、受け入れられるわけがない。

「……その用事で来たなら部屋に帰れ」

 瞬は暗にこのいい争いが不毛だと口にする。龍馬の言うことが理解でき、瞬も譲れない。話し合いは平行線を辿ることは目に見えている。

「大事な用事だろ!お前はもっと自分を大事にした方がいい!」

 そう口にした龍馬はいつも以上に真剣な目で瞬を見ていた。龍馬の言わんとすることまでは理解できるものの、何故ここまで真剣になれるのかが分からない。龍馬の言っていることは一般論の道徳に基づく理論で、他人が語らぬ言葉ではないが、赤の他人の為にそこまで必死になれる人間はいない。そんなのは博愛主義の考え方であり、しかし龍馬は博愛主義ではなく、この動乱の世で生き抜くだけの強さと、それに伴う残忍さも持ち合わせている人物であることは、瞬にも分かる。だからこそ、龍馬が何故そこまで真剣になるかが分からないのだ。

「……何故、そこまで俺のことに構う?自己犠牲をしているのは何も俺だけじゃない筈だ」

 瞬も確かに自己犠牲であると自覚はあるが、それは八葉のうち皆が多かれ少なかれ抱えるものだ。晋作や総司は自分の命を削り、四神を操り、桜智も自分に興味がなく、ゆきを自分の行動基準としている。都だって、ゆきを第一に行動しているのだから、瞬に限った話ではない。
 何故、瞬に構うのか。その先を知りたいと思ったのは、瞬の無意識に龍馬を好ましく思っているからか。とにかく、瞬はその理由を知りたくなった。

「それは……」

 珍しく龍馬は言い澱む。明確な答えはなく、ただ対だからというだけなのかもしれない。
思い至った理由以外に瞬は理由が浮かばない。おそらくこれだろうと自分の中で検討をつけ、くだらないと溜め息を吐く。そんな理由で自分の意思を揺さぶられては堪ったものではない。
 その表情を見て、何か思ったのか、龍馬は続けざまに言葉を発した。

「くだらない理由なんかじゃないぞ!!理由はある!!瞬が大事だからだ!!
「……大事?」

 瞬はますます意味が分からないと顔をしかめる。しかし次に続く言葉に瞬は思わず言葉を失った。

「……好きなんだ、瞬…」

 瞬は言葉の意味をすぐに理解することができなかった。

「瞬が好きだから、大事なんだ」
「……好きとはどういう意味だ?」

 今、この場で言う好きの意味に全く思い至らないほど、瞬は鈍いわけではない。だが、信じられないのだ。お世辞にも良い態度を取ってきていないし、性格も良いとは言えないと瞬は思っている。他人からも冷たい印象を受ける外見らしく、距離を置かれることが多い瞬は、客観的に見ても好かれる要素がないのだ。だからこそ信じられないと言った意味での、確認の言葉だった。

「意味、分かってんだろ」

龍馬の手が肩に触れる。それを認識した瞬間、視界がふっと景色を変え、龍馬の肩越しに天井を見ていた。





 経緯を思い出したが、動けずにいた。決して強い力で押さえ付けられているわけではなく、けれど、その熱い瞳に目を離すことができない。熱に浮かされているのは目の前の男だけでなく、瞬もだ。龍馬の熱に堪らなく惹かれている。

「瞬……」

 動けずにいる瞬に、龍馬は甘い声で瞬の名を呼び、頬を撫でる。触れる指は温かく、心地好い。瞬は離れがたい想いを抱きながらも、このままではいけないと自分を律する。
 その心を知ってか知らずか、龍馬は次の行動に移る。

「っ…んっ?!

 唇を塞がれ、目の前には龍馬の顔しか見えなくなる。これが意味するものを理解するのにそれほど時間はかからなかった。

「…っ、止めろっ!」

 瞬は龍馬の身体を突き飛ばす。龍馬の方がいくらか筋肉の付きが良くても、瞬も決して小柄な男ではない。本気で押さえ付けられれば話は別だったのかもしれないが、瞬の力でも龍馬を突き放すことはできた。

「……悪い」

 龍馬も流石に度が過ぎたと感じているのか、罪悪感を含んだ声音で謝罪した。どんな表情をしているのかは瞬には確認できない。直視することができずにいるのだから。

「……出ていけ」

 瞬は何とか言葉を紡ぎ出した。いつも通り冷たく言ったつもりだったが、動揺していることは龍馬も分かっているだろう。

「分かった。ごめんな、瞬」
「………」
「でも冗談でこんなことをしたわけじゃない。好きだっていうのは本気なんだ」

 そう言って、龍馬は瞬の部屋を立ち去る。その気配を察して、漸く瞬は身体の力を抜いた。
 龍馬からの口付けに嫌悪を抱いているのならば良かった。同性に口付けられたなら、気持ち悪いと感じる筈だ。したことがないから、断定はできないが、瞬は決してそのような趣向はない。ない筈だった。

「……有り得ない」

 嫌悪を抱いていない自分に、頭を抱えたくなる。けれど、もっと恐ろしいのはその先にある。
 抑えてきた感情が燻ること。大切に思う相手は一人でいい筈で、苦しむのは自分一人の筈だった。大切に思い、思われるのを避けてきたのは、全てこの先の未来のため。
 そうだった筈なのに、と瞬は天を仰いだ。





























あとがき
 ちょっと長めになりましたし、瞬兄が思いの外クールな感じでした(当社比) 長めといってももう少し長い方が、個人的には好みですが。
 龍馬さんが瞬兄にちゅーしたのは、軽い思いじゃないですよ!分かってもらいたかったんです!別に軽い男でもないのです。と言っておく。
 下手な裏よりちゅーの方が書いてて恥ずかしいんです。結構書くのしんどかったです、途中。
 相変わらず駄文だなorzと思いながら載せてます。まあ、こんな駄文でも楽しんでもらえていたら幸いです。文才欲しい、切実に。

 ここまで読んで下さってありがとうございます。続きを読んで下さると大変嬉しいです。



















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