第六話
























 これが最後と知っていれば、何か出来ただろうか――。





 時が経つのは早いものだ、と龍馬は白く染まる庭に立った。
 明日になれば天海を倒し、そして日本は新しい体制を作る。いずれ成せると龍馬は確信していたが、ここまで早く成せるとは思わなかった。それもゆき達のおかげだろう。平和で他国との交わりが多くある世界から来た彼女達は、異国を排除する傾向にある人々に良い影響を与えてくれた。
 その後のことも色々と考えてはいるが、それは決戦の後に決めようと龍馬は考えている。今は明日のことに集中しなくてはならない。神相手に油断は禁物だ。

「龍馬」

 呼びかける声に愛想がないのはいつものことだから、そう気になりはしない。冷たい中にも心配していることくらいは読み取れる程度には、龍馬は瞬のことを知っている。

「瞬。どうしたんだ?」
「……見回りをしていた。ここは敵の本拠地に近い。油断は出来ない」
「まあ、瞬の言う通りではあるが……お前も休まないと明日がつらいぜ」
「お互い様だ」
「そうだな。……な、瞬。こっち来いよ」
「は……?」
「寄り添った方があったかいだろ?」

 瞬は刹那、戸惑った表情をしたが、いつものように呆れた表情はしなかった。

「…………お前はそうしたいのか?」
「ああ。そうだな。したい」

 叶わないだろうと龍馬は踏んでいたが、瞬は意外にも寄り添ってきた。そのことに龍馬は酷く驚いたが、そのことを瞬には伝えず、肩を抱き寄せた。視線は変わらないので、端から見れば不自然かもしれないが、それで良かった。

「やっぱりあったかいな」
「……ああ」

 瞬の表情は前髪が隠してしまって、龍馬からは確認出来ない。だから、寂しそうに聞こえたのは気のせいなのかもしれない。だが、龍馬はそれが気になっていた。

「無理にとは言わないが……いつか、お前が抱えてくれるもんを話してくれる日が来るんか?」
「…………」
「どんな時だって、好きだぜ、瞬」

 瞬は黙ったままだった。いつも通りバツが悪そうに顔をしかめるだけだ。だが、瞬には瞬の事情があるのだから、龍馬はそれについて何も言わない。ただそれでも傍にいることだけが愛を示す方法だった。





「地の青龍、貴方は大事な問題を先送りしているようですね……ですが、気にする必要はありません。すぐ同じ場所に行けるでしょうから」

 天海が言った言葉の意味は龍馬にはよく分からなかったが、それが龍馬は脳裏から離れなかった。
 これで江戸幕府の体制は崩れ、新しい時代が訪れる。そしてゆき達の世界もあるべき姿に戻る。それは喜ばしいことだと思った。

(お嬢もきっと喜ぶし、都もずっと帰りたがってたし、あと……)

 何か大事なことが出てこなくて、龍馬は首を傾げる。誰かの心配の種が減ると考えていた筈だ。全てが解決するだなんて楽観的なことは考えていないが、誰かが眉間に皺を寄せることが減り、心の平穏が訪れる。そうしたら、本当の気持ちを知りたい。そう龍馬は思った筈だ。

(誰だったか……)

 記憶にもやがかかったように思い出せないというのに、龍馬に強い喪失感を抱かせる誰かを龍馬は思い出さそうと努力した。
 確かに龍馬の傍には温もりがあったのだ。
 それはゆきの傍らにあることが多かった。ゆきが笑いかければ、その誰かも柔らかく微笑み返して――。

「…っ…瞬……!!

 銀の髪は月光によく映えた。口数は多くはなかったが、低く落ち着いた声で、数少ない言葉の中に龍馬に発したものもあり、それが嬉しかった。
 大事な人物を忘れる筈がない。
 龍馬が瞬を思い出すまでにそう時間は要さなかった。だが、瞬の姿はどこにも見当たらない。

「瞬……!!瞬はどこだっ?!」
「龍馬?どうしたの?」
「帯刀!瞬がどこに行ったか知らないか?!」
「…瞬……?誰のことを言っているの?」
「……帯刀……?瞬は俺の対だ。お嬢と一緒にいた……」
「……?ゆきくんと一緒にいたのは都くんだけでしょう?」

 疲れて記憶が混乱してるの?

 帯刀はそう聞いてきたが、龍馬にとって、瞬は大事な人だ。いくら記憶が前後左右していても、忘れたりなど出来ない。
 帯刀以外の八葉にも龍馬は聞いたが、誰一人として瞬を覚えている者がいない。おかしな事態になっていることはすぐに分かったが、原因も、そして瞬がいる場所も分からない。

「どういうことなんだ……」
「龍馬さん!」

 ゆきが慌てた様子で龍馬の所に駆けてきた。

「瞬兄が……瞬兄が……!」
「お嬢?瞬がどうしたんだ?」
「消えちゃったんです、私の目の前で!」





 天海との戦いの後に、瞬がそっとその場を立ち去るところをゆきは見た。瞬の様子が普段と違う気がして、ゆきはその後を追い掛けた。
 外に出れば一面の雪が広がり、白く、寂しい世界に見える。その中に瞬は同化するように立っていた。実際は本当に同化しつつあったのかもしれない。瞬の身体はこの時、透けていたのだから。

「瞬兄?!」

 ゆきは瞬を呼んだ。このままではどこかに行ってしまうと、ゆきは直感的に感じていた。

「ゆき」
「瞬兄……身体が透けてる……」

 ゆきは震えていたが、それは寒さだけではなく、喪失への恐怖も含まれていた。

「ゆき、早く都達のところへ行って下さい」
「瞬兄は……?」
「俺のことは気にせず、早く行くんです。一人でいてはいけません」
「一人じゃないよ、瞬兄がいる…!」

 ゆきは声をあらげる。普段のゆきならば、声をあらげるようなことはしないけれど、瞬を失う予感とそれを阻止するにはどうしたら良いか分からない。引き留めたいと、そんな気持ちから出た行動だった。

「ゆき」
「瞬兄……?」
「俺のことは忘れて下さい」
「どうして……?いやだよ、瞬兄……一緒にいてっ」
「俺がいなくても、貴女は大丈夫です。俺のことで貴女が悲しむ必要もありません」

 瞬の身体が消えていく。ゆきは引き留めようと手を伸ばした。

「いや!瞬兄、どうして……?!」
「これが俺の運命です。ゆき、元気で……」

 ゆきの手は何も掴めなかった。悲しそうに微笑んでいた瞬はもうそこにはおらず、ただ白銀の世界が広がっていた。





 ゆきは一連のことを龍馬に説明した。それはこの事態を説明するに値するものではなかったが、一つ分かったことがある。それは、瞬がこの世界にも、ゆきの世界にもいないということだ。

「……あの時、何か言えば良かったのか……?」

 後悔をするよりも、今どうするべきかを考える方が有益であると、理解は出来るが、龍馬はあの時ああすれば良かった、こうすれば良かったということしか思い浮かばない。瞬が何かを抱えていることには気付いていた。だが、話せないことを聞けるほど、龍馬は無神経な子どもではなかった。しかし、それを聞いていれば事態は変わったかもしれない。少なくとも抱えたまま、瞬は消える必要はなかった。そう思うばかりで、龍馬はどうしたらいいか分からなかった。

「龍馬さん……」
「ごめんな、お嬢……俺も、どうしたらいいか分からん。ごめんな……」

 喪失の悲しみと後悔で、龍馬は俯くしかなかった。時間は戻せない。その願いを龍馬は何度も願ったことがあるが、より一層そう願った。が、それは叶うことは有り得ない。

「……龍馬さん、私、一つだけ瞬兄と祟くんを助かる可能性を知ってます」
「っ!それは何なんだい、お嬢!」
「過去に戻るんです。白龍の力を使えば、出来ます」

 そう言って、ゆきは砂時計を出した。

「だが、それはお嬢の命に関わる!お嬢に何かある方が…瞬は悲しむ」

 瞬はいつだってゆきの無事を願い、その為に行動してきた。龍馬も勿論、ゆきを犠牲にすることは望まないし、瞬の願いを無下には出来ない。
 世の理に反しても、もう一度瞬に会いたいと思う気持ちは龍馬にもある。しかし、ゆきはこれを使えば死んでしまうかもしれないのだ。ゆきが過去に戻っても、ゆきが生きていなければ意味がない。そう思えば、龍馬はその意見に頷くことは出来ない。

「大丈夫です。私の体調は私が一番分かっています。死んだりなんかしませんよ」

 そう言って、ゆきは砂時計を龍馬の手に握らせる。

「だから、龍馬さん。過去に戻って、瞬兄を救ってあげて下さい。……白龍、お願い」
「お嬢?!何で…?!」

 龍馬は何かに引っ張られるような感覚を感じていた。ゆきに対して手を伸ばし、止めようとするが、届かない。

「龍馬さん、お願いしますね」
「待ってくれ、お嬢!」

 どこかへ引き込まれていく龍馬をゆきは笑顔で見送った。そして、龍馬の姿が完全に見えなくなって、ゆきは前のめりに倒れた。





 悔いを無くす方法があれば、どうするだろう。時間を戻すなんて絵空事が実際に在るとすれば……人は悔いのない行動が取れるのだろうか。






























あとがき
 あとがきという名の懺悔のお時間です。
 まず、天海、お前誰だよな口調でごめんなさい。いや、ゲームやり直そうと思ったのですが、もう完全にオリジナル展開でいこうと決めまして、こうなりました。
 なので、展開が急な気がしてなりません。申し訳ないです。
 そして、次回もオリジナル展開が多いです。と、開き直っています。ごめんなさい。
 できれば次回も見ていただけると嬉しいです。



















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