第七話
























「……お嬢…?」

 龍馬が辿り着いた先には、先程までいた少女の姿はなく、ただ決戦前日と同じように雪がしんしんと降り積もっていた。





 そこから先の龍馬の行動は至って冷静だった。辿り着いた場所は見知った場所だったから、どこに行けば現状を正確に把握出来るかも理解出来たし、惚けた振りをして、現状を聞き出すことも出来た。
 ゆきが命を削ってまで与えてくれた機会を無駄にするわけにはいかなかった。
 瞬から事情を聞き出すにしても、状況が解らなければ、貴重な機会を失うかもしれない。そう思うからこその行動だった。
 そして、龍馬が正確に時間を把握するまでには日も傾き始めていて、瞬に聞くことが出来るのは唯一、あの庭でのことだけだった。

「……瞬」

 失ったと知った時の喪失の痛みはまだ龍馬の胸を締め付けた。何故瞬がいなくなったのか、全く思い当たる節がない以上、まだ救えるかどうかも分からない。それを恐ろしいと、いくら龍馬が楽観的であっても思うのは当然のことだろう。だが、動かねば結末は同じであるなら、龍馬に躊躇いはない。

「……龍馬?」

 あの時と同じように、龍馬は庭に佇んでいた。正確に言えば今は瞬を待っていたのだが、瞬はあの時と同じように声をかけた。

「瞬か」
「何をしているんだ。こんな所で」
「んー……待ち人を待ってたのさ」
「待ち人?」
「そう。お前さんをな」

 瞬は眉をしかめる。何故ここで待っているのかが分からないからだ。瞬がここを通るだなんて、未来が見えない限り分からないことで、龍馬にはそういった能力がないことを瞬は知っている。龍馬が待っていたという言葉をいぶかしむのは当然のことだろう。

「瞬と話がしたいんだ」
「話?」

 ゆきの話によると目の前で消えてしまったこと、それを慌てず受け入れたということは元々瞬は何が知っていたと龍馬は推測している。それが瞬の隠していることに関係しているのではないかということも。

「……お前さん、何か隠してることあるだろ?」

 瞬の瞳が一瞬悲しげに揺らめいたことに龍馬は気が付いた。そういう表情をさせると龍馬は知っていたから、今まで聞かずに来たのだ。無理に聞いて、不用意に傷付けることは出来なかった。
 だが、それによって瞬が消えてしまうのなら、龍馬には聞く選択肢しかない。

「……何のことだ?」
「お前だって気が付いてたんだろう。瞬が何か隠してることがあることに、俺が薄々勘づいてたことぐらい」

 それでいて聞かない龍馬の傍にいたことは、龍馬も分かっていたことだ。分かっていたからこそ聞かなかった。

「……それなら、最後まで聞かなければいい。俺はお前に話すべきことはない」
「隠し事があんのは認めるんだな。それはお嬢にも言えないことなのか?」
「ゆきは関係ない。これ以上くだらない話をする気もない」

 話は終わりだと瞬は踵を返す。立ち去ろうとする瞬の腕を龍馬は掴んだ。逃がさないとばかりに強く掴まれた手を瞬は振り払えず、その強さに顔を歪ませた。

「龍馬、痛……っ」
「お前を失う訳にはいかないんだ、瞬」

 龍馬は真っ直ぐに瞬を見て言った。
 瞬はその言葉に動揺したようだった。

「……お前は何を知っている?」

 瞬の言葉は最もだった。瞬が消えることを龍馬は知り得ない。隠していることと結び付くかも分からない筈なのだ。

「答えろ、龍馬。お前は何を知っている?」

 瞬は聡い男だ。よく人を見て、何も言わずとも動ける男だと龍馬も知っている。そして、瞬はこちらが話さない以上、語るつもりもないだろう。ならば、素直に話すことが得策だろうと思う。話す時期がどうであれ、いずれは話すべきことだから。

「……信じてもらえるかは分からんが、俺はもう少し先の未来から来たんだ。未来ではお前がお嬢の目の前で消えちまって、皆の記憶からもいなくなっちまった。理由は……お前が知ってるんだろう?」

 瞬は何か考え込むように黙ったが、暗い表情のまま口を開いた。

「……お前はどうやってこの時空に来れた?」

 瞬の問いかけは当然誰もが疑問に思うことだった。そして、龍馬はそれについても話さなくてはいけないことだと自覚している。瞬が誰よりも大事にしている人の命を削ってここに来たのだから。瞬はそれを許さないだろうし、叱責は甘んじて受けるつもりだ。

「お嬢が……お嬢の力を使ってきた」
「!お前……ゆきの命を……!」
「……許されるとは思っちゃいないさ。だが……」
「お前……!」

 瞬は龍馬の胸ぐらを掴む。最後まで瞬の隠していることに気付けなかったこと、その尻拭いをゆきにさせてしまったことは、殴られて当然のことだと龍馬は目を閉じる。だが、待っていた衝撃はこなかった。

「止めて、瞬兄!」

 龍馬は目を開け、声のした先に視線を向ける。声の主は龍馬にも何となく予想はついていたが、そこにはゆきがいて、赤くなった耳は彼女が暫く外にいたことを意味していた。

「瞬兄、止めて……」
「ゆき……」

 瞬は手の力を緩め、龍馬を放す。

「龍馬さん、さっきの話は本当ですか?瞬兄が消えてしまうのは本当?」
「……ああ」

 龍馬は苦い気持ちで返事をした。これ以上、ゆきを巻き込むのは憚られたが、ゆきが聞いていた以上隠すことも出来ない。

「ねえ……瞬兄、何を隠してるの?教えて」
「……貴女には関わりのないことです」
「そんなことない。瞬兄……」

 瞬が頑なに口を閉ざすのに、ゆきは悲しそうに顔を歪ませる。

「瞬兄……どうしても話してくれないの?」
「…………」
「……それなら、私は何度でも未来の私と同じことをする。瞬兄が消えなくていいように、何度でもやり直すよ」
「!お嬢!そりゃいかん!」

 ゆきの命を削ることは最悪の手段であり、本来選ぶべき選択肢ではない。誰かの不幸の上に成り立つ幸福など、綺麗事だと知りながら龍馬は選びたくないと思う。
 ましてゆきは漸く故郷の世界を取り戻し、平和な世界へと帰ることが出来るのだ。そんな少女の未来を犠牲になど、龍馬はもうしたくなかった。
 勿論、瞬も同じで、ゆきを傷付ける選択肢を選べる筈もなかった。

「駄目です、ゆき。俺なんかのことは忘れて下さい。貴女が無事であることが何より大事なんです」
「私の幸せは、瞬兄や祟くん、都が幸せなことだよ。誰か一人でも欠けたら駄目なの。瞬兄を失うなら……私は何度だって同じことをするよ」
「……ゆき」
「瞬兄も分かってるよね?私が言い出したら聞かないことくらい」

 ゆきの性格を瞬は熟知していた。ゆきは決断したことを曲げない。どんな時でも決断したことを曲げずに突き進む力を持つことこそ、彼女が神子たる所以なのだから。

「……どうしようもないことです」

 ぽつりと、瞬は何かを吐き出すように口にした。

「…………俺と祟は、貴女が生まれた世界でも、龍馬が生まれた世界でもない、別の世界で生まれたんです」

 瞬が話す言葉を龍馬とゆきはいくつか相槌を入れながら、聞いていた。
 ここより先の未来にある合わせ世で生まれたこと。
 星の一族であり、その力をもってして神子を助ける使命があること。
 合わせ世が消えれば、瞬や祟の存在が消えてしまうこと。
 瞬が抱えてきた葛藤については何一つ話さなかったものの、それがどれだけ辛いかを考えると龍馬はいたたまれなかった。自身の未来を望むことの叶わない瞬は、どれだけのことを諦めてきたのだろうか。

「……俺や祟の為に、貴女は世界や多くの命を犠牲にしますか?ゆき」
「……っ」

 ゆきもそう言われては黙るしかない。世界は重いが、瞬や祟はゆきにはかけがえのないものなのだ。世界と即答出来ない程に大切なものだ。

「両方助かる道を見付けてみせるさ」

 龍馬はいつもの口調で、だが真剣にそう言い切った。

「はい、そうですかって諦めがつくなら、端からここにはいないんだ」
「…っ…龍馬さんの言う通りです!私も……両方諦めたくない!」
「二人共、意味を分かって言っていますか?下手なことをして、本来得られる筈のもの全てを失うことがあれば……」

 瞬が言うことも龍馬は分かる。そもそも、世界をまだ救えたわけではなく、その上で望む未来までとなると多くの障害があることは、龍馬も理解していて、そうした上で口にしているのだ。

「これから来る平等な世に、何故お前だけ未来を見ることが出来ない?そんなことあっていいわけがないだろ」
「だが……」
「いや、違うな。俺が嫌なんだ。瞬」

 瞬は思わず押し黙る。戸惑っていることが、瞳を見れば分かった。

「俺だけじゃない。お嬢も、他の皆も、お前が犠牲になっていいだなんて思う奴はいないぜ」
「………」
「私も……瞬兄がいなくなるのはいや。皆で一緒に笑いたいの。一緒に帰りたいの」

 瞬はどうしたら良いのか分からず、黙り込んだ。
 二人の言葉は嬉しかった。想い人と大切な人が自分の死を悼んでくれることは酷く幸せなことのように思う。
 だが反面、それは瞬の決心を鈍らせるものだった。未来を焦がれる気持ちや、大切な人の傍にいたい気持ち、今まで瞬が抑え込んできた想いが、今になって瞬を苛む。大事な人達を守るには邪魔な想いだというというのに。

「……話は終わりましたか?」

 建家の物影から声がしたので、三人はその声の方向に目を向ける。声の主はアーネストで、その場にいたのはアーネスト以外にも、帯刀や晋作、他の八葉達や都もいた。

「お前さん達、いつからそこに?」
「瞬が話し始めたあたりだよ。そんな寒いところで三人共話してるんだから、気になるのは当然でしょう?」

 帯刀の口振りからして、全員が話を聞いていたか、事情を知っていることになる。元から龍馬は皆に協力を仰がなくてはならないと考えていたものの、瞬からしてみれば複雑だろう。

「立ち聞きは良くないとは思ったが……」
「出れるような雰囲気ではありませんでしたしね。……事情は聞きました。私は龍馬さんやゆきの意見に賛成ですよ。日本人の美徳なのかもしれませんが……自己犠牲の精神はやはりいただけません」
「ここにいる誰も君を失っていいだなんて思っている輩はいないよ」
「問題はどうしたらいいか……だね」

 瞬は幾度か言葉を挟もうとした。どれだけハイリスクなことか、不可能か。何度も説こうとしたが、誰も瞬の言葉を聞き入れようとしなかった。





 結局、情報が無ければどうしようもないという結論に至り、合わせ世を作った天海の下に行くのが一番だろうと、場は解散となったが、瞬は一人、納得がいかないようだった。それはそうだろう。瞬は大切な人を危険に晒すぐらいなら、未来など望まないのだから。

「……瞬」

 納得がいかない瞬に気付いた龍馬は、常とは違う、落ち着いた声で瞬に声を掛けてきた。瞬はそれに反応はし、立ち止まる。

「……悪いな。お前さんは納得しとらんのだろうが……」
「分かっているなら、どうして止めない?どうして……」
「お前と共に未来が見たいんだ」

 その言葉に、瞬は言葉を失った。

「今まで悪かったな、瞬。もっと早くに聞いていれば、お前さんもつらくなかったろうに」

 そんなことはない、という言葉は瞬の喉に張り付いて出てこなかった。少なくとも自分のことだけを考えてくれる一時は、瞬の孤独を癒したのだから。

「お前との未来を描くのは、俺一人じゃできんだろ。だから、共に見せてくれないか?」

 瞬、と龍馬が呼ぶ声は心地好かった。この声が自分の名を紡がなくなるのはあまりに寂しいと思った。
 手を伸ばしても許されるのだろうか、と瞬は龍馬を見る。龍馬はその手を取って、そのまま瞬を抱き込んだ。

「一緒に未来を見よう、瞬」

 瞬は変わらず言葉が出てこなかったが、受け入れるように目を閉じた。






























あとがき
 そもそも、天海の力がないと合わせ世残らないので、結局天海頼り展開という(^q^)だからオチが甘いとあれほど……orz
 色々と消化不良なのですが、今の私にはこれが精一杯なのです。うぅ、文才欲しい……
 とりあえず、瞬兄が少しは一緒に未来を見ようと思ってくれたので良いかな……なんて。
 この連載も漸くゴールが見えてきました。あともう一山というところですね。ええ。

 読むのも疲れる駄文で申し訳ありませんが、もう少しお付き合い下さい。



















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