02.すれ違いの話
民が愛した女王が亡くなってから、五年の月日が流れました。
「一ノ姫、今日もお早いですね」
「おはよう、風早」
「おはようございます。毎度言うようですが、もう少しゆっくりしていても良いんですよ」
「王族たるもの、民に弛んだ姿を見られてはならない。と、父様もおっしゃられていたわ。それに風早も起きているじゃない。私だけ言われるのはおかしいわ」
「いえ、姫はまだ小さいんですから、甘えていいんです」
ほら、座って。御髪を整えましょうね。そう言って風早は私の髪を結い始める。
この時間が私は一番好き。甘えちゃ駄目な立場だって知ってるけど、こうやって結わえてもらう時は誰にも怒られない。堂々と甘えていられるから、私はこの時間が好き。
風早はいつも優しい。私がみんなから母様を奪ったのに、風早にとっても大切な人だったのに、風早は優しくしてくれる。
みんな、優しい人達ばかり。私を責めたりしない。けれど、私は知っているの。みんなが母様を大事に想っていて、今でも母様を大切に思っていて、懐かしんでいることを。それを奪った私はきっと悪い子で、だからその分頑張らないといけない。王族らしく、堂々と――。
「はい。出来ましたよ」
「ありがとう、風早」
私の髪を結うのは風早の仕事じゃない。風早は私の従者ではあるけど、これは侍女の仕事だと聞いた。知ってるけど、私はこの時間が好きで、風早がしてくれることに甘えていた。
「姫の髪は、千尋……姫のお母さんに似て柔らかいから、櫛を通すのが楽しいですね」
「え?母様に似てるの?!」
母様に似ているという言葉は嬉しい。似ていたらきっと皆喜ぶ。きっと父様も……。
「……でも、髪の色は違うのでしょう?母様の色は優しい色だったって聞いたわ」
色も一緒ならばきっと父様は喜んでくれたに違いない。
「そうですね。金の……収穫前の稲穂の色でした。けれど、姫の髪も……」
「収穫前の……稲穂?それはどんな色なの?どんな物?」
「ああ、姫は稲穂を見たことが無かったですね。じゃあ今日は見に行ってみます?」
「え?!いいの?!」
「はい。大丈夫だと思います。俺も一緒に行きますし、外を知ることも大切なことですよ」
外に出る。という言葉を聞いて私は嬉しくなった。あんまり宮中から出ることもないし、外はとても新鮮な場所だった。
朝食を済ませて、風早の手に引かれて、私は宮中を歩く。嬉しくて足取りも弾む。
けれど、忘れていたの。私が王族で、その自覚が足りなかったことを。
「そんなところで何をしている?」
「おや、おはよう、忍人。良い朝ですね」
父様、おはようございます。とうまく言えたら良かったけど、まごついてうまく言えなかった。父様のお顔を見てお話することは少ないし、殆ど会うこともない。
「風早、こんな所で何をしているのか聞いているんだ。この先は門に続く。姫に用はない筈だが」
「見聞を広めるのも良いと思ってね、一緒に外に出ようと思ったんです」
風早はにこにことそう言ったけれど、父様の表情は一層険しいものになって、私は不安になった。父様が怒っていらっしゃる。
「姫が中つ国唯一の王位継承者であることは君も分かっているだろう。そんな警備も無しによく外に連れだそうと……」
「父様、風早は悪くないの!私が、稲穂を見てみたいって言ったから……!」
風早が怒られる……!そう思って、風早の前に出て、事情を話す。そうしたら風早は怒られない。だって、悪いのは私だもの。父様が軽はずみな行動を嫌うことを知っていたのに、私が何も考えていなかったから、そのせいで風早が怒られてしまう。
「姫」
父様が低い声が私を呼ぶ。
「君はもう少し思慮分別がつくと思っていたんだがな」
「ご、ごめんなさい……」
「何度も言っていると思うが、君は中つ国唯一の直系の王族だ。君以外に国を継ぐ者はいないし、君の一存で国が傾くんだ。軽はずみな行動は慎め」
まただ。また、父様を怒らせるようなことをしてしまった。
泣きたくなるのを堪えて、着物の裾をギュッと握る。
「……外に出掛けるなら護衛を増やせ。それが嫌なら外に出すな」
いいな、と父様は念押しして立ち去る。
普段から父様は笑わない。いつも不機嫌そうにされていて、それはきっと私のせいだと思う。
「すみません、姫。俺のせいで姫まで怒られてしまいましたね」
「……っ…」
「ほら、そんなに強く手を握っては、手の平に傷が出来てしまいます。ね、無理をしないで」
「…っ…ふえっ」
涙が止まらなくなって、風早に抱き付く。
父様はきっと私のことがお嫌いなんだ。だって、私が生まれなければ母様は生きてた。父様は母様を大変愛していらしたって聞いた。父様だけじゃない。みんな、みんな、母様を愛してた。
それを奪った私は、本当は我が侭を言っちゃダメで、王族として責任を持って生きなくちゃいけない。ちゃんとやったら、いつか父様も私に笑いかけて下さるかもしれない。良い子にしていたら、嫌われずに済む。
私は、父様に嫌われたくない――。
あとがき
オリジナル要素満載でサーセンwwwけど、一回はやってみたいよね、オリジナルキャラとの絡み。
忍人さんは結構早くに父親を亡くしてる設定のキャラなので、たぶん自分の子どもにどう接したら良いのか分からない節があると思います。千尋ちゃんがいないなら尚更ね……
そして育ててるのが風早タイプだとすると尚更姫ちゃんは忍人さんのこと分かりません。
まぁ、それだけの問題ではないんですけどね……それは話をぼちぼち読んでいって下されば分かります、とでも言っておきますw物書きなら一度は言ってみたいセリフ(ry
ここまで読んで下さってありがとうございます。続きも読んで下さったら嬉しいです。
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